日食なつこ×千鳥ノブ対談 音楽とお笑い、表現への対極な姿勢と通ずる信念

日食なつこと千鳥ノブ、通ずる信念

 今年活動15周年を迎え、ツアーに展覧会、ベストアルバムのリリースなど、さまざまなプロジェクトを展開中の日食なつこ。その節目に、彼女のこれまでの歩みの中で関わってきたさまざまな人と会って話をしたい、というところからスタートしたのがこの対談企画だ。第一弾のお相手として招いたのは、お笑いコンビ・千鳥のノブ。MVの撮影地にわざわざ出向くほど日食の音楽に惚れ込んだ彼と、初対面からじつに6年のときを経て実現した対話は、ふたりの違いと重なり合う部分をはっきりと浮かび上がらせる、とても興味深いものになった。音楽とお笑い、異なるフィールドで走り続けるそれぞれの哲学や表現への向き合い方をぜひじっくり楽しんでほしい。(小川智宏)

エネルギーと向上心の若手時代

――今年、日食なつこさんが活動15周年ということで、それを記念してお会いしたかった方に会ってお話しするという企画で、第一弾はやはりノブさんだろうと。

日食なつこ(以下、日食):出ていただいてありがとうございます。

ノブ:いやいや、だから、お話をいただいたときに笑っちゃって。絶対僕じゃないですよ(笑)。

日食:いえいえ、そんなことは(笑)。

ノブ:もっと日食さんにふさわしい、かっこよくてストイックな感じの人いますって。本当、誰が言い出したんですか?

日食:いや、15周年でいろいろ振り返る機会が個人的にもあって。今までいろいろな人と出会ってきた中で逃せない、「この人は何だったんだろうか」という出会いが各所各所あったんです。その中でもやっぱり、『JOIN ALIVE』(北海道・岩見沢で開催される音楽フェス)でのノブさんとの出会いというのは印象に残っていまして。あそこでノブさんがすっごい遠くからご挨拶してくださった、あれは何だったんだろう? っていうのを、一度お伺いしたいなと思っていました(笑)。

ノブ:ああ、そうですか(笑)。確かに一瞬のコンタクトでしたもんね。

――2018年のことだそうですね。

日食:あのときはそもそもなんであそこにいらっしゃったんですか? しかも楽屋エリアに。

ノブ:あの頃、日食さんをMVで見せてもらって知ったんですよ。「水流のロック」という曲。それをめっちゃ観てて、「かっこいいな」と思ってたんです。「ピアノとドラムだけでやってるやん、すごいな」と。それでその時に北海道でロケがあったんですよ。『BAZOOKA!!!』(BSスカパー!)っていう番組で、小籔千豊さんの番組なんですけど、その番組で小籔さんがバンドを組んだんですよね。野性爆弾のくっきー!さんと、小籔さん、ピアニストの新垣隆さん、あと川谷絵音さんとtricotの中嶋イッキュウさんで。

日食なつこ - '水流のロック' Official Music Video

――ジェニーハイですね。

ノブ:そう、そのジェニーハイのプロジェクトが始まったときで。千鳥もレギュラーだったのに、俺らだけ外されたんですよ。存在がダサいから(笑)。で、その『JOIN ALIVE』がジェニーハイにとって初のフェス出演だったんですけど、そこにライブの追っかけリポートみたいなんで、僕と大悟はロケに行ったんです。

日食:あ、そうだったんですか。

ノブ:それでジェニーハイさんの出番が終わって、帰りの飛行機までちょっと時間があって。そしたら小籔さんが「『JOIN ALIVE』ってめっちゃいいアーティストばっかり出てるらしいよ」って言うんで、タイムテーブルを見たら、日食なつこって名前があってびっくりして(笑)。時間見たらちょうど飛行機までの時間で、「観れる!」と思って。それでダッシュで行って。僕は客席エリアには入れないんで、横から金網越しに日食さんのライブを観て。で、ライブが終わって帰ろうと思ったんです。だって、いきなり楽屋挨拶行かせてもらうのも、なんか偉そうじゃないですか。

日食:全然来ていただいて大丈夫なんですけど(笑)。

ノブ:いや、どの面下げてダサ芸人が来てんねんって思われるから。それで「あそこが楽屋か」と思いながら通ってたら、たまたま日食さんがファーっと出てこられたんで、「こんにちは!」みたいな(笑)。「どうも、観させてもらいましたー」って言ったら、日食さんも、「あ、えっ? 千鳥の?」みたいな感じで。

――それぐらいのコンタクトだったんですか。

ノブ:そうなんです。

日食:ぶりの、今日なんです。

――それ、もう事実上今日が初対面ですね(笑)。6年越しに念願の対談が実現しました。

ノブ:いや、だからおかしいんですよ。もっとかっこいい対談にしないと。日食さんって、京都の和食の老舗のお出汁を使った料理って感じなんですよ。そこに新しいエッセンスを入れて、京都とパリの融合みたいな感覚の人だと思うんです。なのにこんな、カツカレーみたいな芸人が来て喋ったらおかしい。でもお会いしてお話聞いてみたかったんで。

――老舗の和食とカツカレーで化学反応が起きるかもしれないので。

日食:カツカレーのなかでも一級品のカツカレーですから。

ノブ:違うんですよ。大盛りなだけ(笑)。わんぱくなだけです。チーズとかも乗せてるし、ウィンナーとかもある、みたいな。こんな感じなのに本当に申し訳ないなと思いながら来させてもらいました。

日食:でも、おかげさまで「水流のロック」が今のところ、私の中でいちばん、カツカレー的な曲になっているんですよ。メインディッシュは「水流のロック」だよねって。それもノブさんがいろいろなところで取り上げてくださったおかげだと思うので、まずはお礼をちゃんとお伝えしたいな、と。

ノブ:じつは、日食さんとはニアミスが多くて。僕、「水流のロック」が好きで、MVのロケ地の白糸の滝に行って、Instagramに上げたんですよ。

――はい、あれは話題になりましたね。

日食:完全にプライベートで行かれたんですか?

ノブ:はい。軽井沢に夏休みで家族旅行に行ったときに、「どうしても行きたいところあんねん」って言って行ったんです。

日食:あそこ目がけて行かれたんですか?

ノブ:目がけて行ったんです。それで「うわぁ、この滝だっ」て言って写真撮らせてもらって。そんな感じでやってたら、それを見た知り合いのテレビのスタッフさんが、「私、ドラムのkomakiさんと知り合いだよ」ってなって、「えー!」ってなって。だから俺、komakiさんとは飲んだことあるんですよ(笑)。

日食:そう、それをちょっと聞いていて。わりと、『JOIN ALIVE』でお会いしたすぐ後ぐらいでしたよね。彼に「俺、ノブさんと飲んできたで」みたいなことを言われて、「待て待て、先に言ってよ」って(笑)。

ノブ:そうそう、僕そのとき、ドラム始めてたんですよ。

日食:そうなんですか!

ノブ:「水流のロック」のピアノとドラムで向かい合ってやってるのが、漫才っぽいじゃないけど、かっこいいなと思って。あと『セッション』っていう映画あるじゃないですか。あれがめちゃくちゃ好きで。あの2人、異常者じゃないですか。本気でうまくなりたい異常者と、ほんまにすごいやつを見たいだけの先生で、いい人が1人も出てないんですよ。どっちもおかしいやつ。

日食:観ると呼吸するの忘れてるくらいのシーンがいっぱいありますよね。

ノブ:そうそう。あれが好きで。悪いやつしか出てないのに、技術と意思がすごすぎて最後、「いいもん見た」みたいになってて。それで「芸能界もこんなんなのかな」と思ったりもして。いい人とか見たいんじゃなくて、こういう異常者をやっぱり見たいなっていう。そういうのもあってドラムを始めたんです。

日食:ちなみにドラムは今も続けていらっしゃるんですか?

ノブ:えーっと、半年くらいでやめました(笑)。難しすぎて。始めるときはあの「水流のロック」のMVみたいな感じで、向こうで誰かにピアノやってもらって、俺はこっちで叩くぞ、ぐらいの意気込みはあったんですけどね。でも難しすぎて、これやるには毎日2、3時間はいるわと思ったんで、ちょっとやめてしまって。それからしばらく、ドラムセットは嫁のブラジャー干しになってました(笑)。結局今は譲ってしまったんですけど。続けておいたらよかったんですけど。

日食:でもそれも『セッション』を観て「叩けたらかっこいいな」っていうところから始まったわけですよね。あのふたりの極限の掛け合いみたいな。先ほど漫才っぽいっておっしゃいましたけど、私も半年前に『M-1グランプリ2023』(ABCテレビ・テレビ朝日系列)のPVに楽曲(「ログマロープ」)を使っていただいて――。

ノブ:ですよね。あれ、びっくりしたんですよ。

日食なつこ - 'ログマロープ' Official Music Video

日食:私もびっくりしたんですけど、そこで芸人さんの裏側を映像で見せていただいたときに、ふたりでどこまでお客さんを笑わせていくかっていうところの戦いというか、本人たちが笑ってない瞬間っていうのがすごくいっぱいあるんだなっていうのは思って。

ノブ:そうっすね。

日食:ノブさんと大悟さんにもそれは絶対にあるんだろうし、だからこそ『セッション』を観て喰らうものもあるんだろうなって。

ノブ:確かに。千鳥もあんぐらいストイックにできてたら『M-1』獲れてたと思うし。僕ら、2年連続決勝最下位なんで。あのPVって、芸人は楽しみにしてるんですよ、毎年4分間の、かっこいいのを作ってくれるから。「頂点は誰だ?」みたいな。前はエレカシ(エレファントカシマシ)の宮本(浩次)さんとかでしたよね。で、日食さんが来て。「ABC、いい仕事するな」と思いました(笑)。

日食:漫才と同じように、音楽でもしのぎを削った結果、ステージにいいものを乗せられるかどうかっていう勝負がすごくあるんです。千鳥のおふたりもそういうところをいくつもいくつも越えて今があるんでしょうね。

ノブ:確かにね。

日食:千鳥さんって今何年目ですか?

ノブ:僕ら、25年です。

日食:25年って言ったら、四半世紀やられてることになるじゃないですか。その道は決してフラットではなかったと思うんです。その25年間の中でどんなことがあったのかをちょっと伺いたいんですよね。

ノブ:僕らはデビューして、わりと早めに『M-1』とか出たんですよ。23歳、デビュー2年目で『M-1』決勝に出て。僕と大悟は高校の同級生なんですけど、大悟がお笑いやりたいって言って先に大阪に出て、僕が後から行って。でも僕らは、運と無鉄砲な向上心だけでやってきてるので、「こうやりたい」とか「こういう熱い思いを」っていうのは、ミュージシャンの人とかと比べるとちょっとないというか。僕らが始めたときは、これがめちゃくちゃでかかったと思うんですけど、いちばん最初に出会った芸人が笑い飯なんですよ。岡山から出てきて右も左も分かんない中、吉本にもまだ入れていない頃に、大悟が知り合いを通じてインディーズライブに出させてもらったんですけど、その時にそこの会場にいたのが笑い飯だったんです。「こんにちは」って挨拶したら、めっちゃ変なふたりだったんですよ。もう24時間ボケ続けるんです。まともな会話はゼロ。「コーヒーうまいな」とか「何飲む?」とか、そんなの1個もなく、24時間ボケ続けてるんです。俺も大悟もそこで喰らって。こんなにストイックな化け物が目指す世界なんや、と思って。

日食:お笑い界の『セッション』みたいなのをいきなり喰らっちゃった。

ノブ:そう。25年やってきてますけど、いまだにあのふたりより変な人はいないんですよ。そういう笑い飯っていう人たちに最初に出会えたというのは本当に運ですね。だから僕らは、全部笑い飯の背中見て、一緒に『M-1』目指して。で、『M-1』の審査員は島田紳助さんと松本人志さんっていう、僕らが憧れて、かっこよくて、そのふたりを目指して入ってきた人たちだから、そこに認められたいって。しかも漫才だけの勝負で、人気じゃない――当時は結構人気とか、そういうので賞とか獲れてたんですよ。ファン投票とか。でもそういうのを紳助さんが「やめよう」と言って。もうおもろいやつだけ。だから笑い飯が9年連続で決勝行って優勝できたんですけど、そういう最高の大会やったから、もう最初の10年は『M-1』で優勝することしか見てなかった。テレビでこんなんしたいとか、こんな番組したいとか、そんなのまったく思わず、とにかく週1回新ネタを作るっていうペースでずっとやってました。今考えたらよくあんなんやれてたなって思うんですけど。なんなんすかね、あのエネルギーと向上心。

日食:でも、それすごい大事じゃないですか。

ノブ:それは本当に大事で。結局そのときにやってたのが、ネタ作りと、でもライブってネタだけじゃちょっとあれだからって、30分間のフリートークのコーナーがあったんですよ。エピソードトークのコーナー。あとゲームしたり大喜利したりするコーナーを毎回やって。あれが結局いちばん大事だったなと、今思いますね。今やってることも全部それなんで。ギャラとかはその時、1ステージ500円とか1000円とかだったんで、全然飯なんか食えなかったですけど、それはやっててよかったなとか、ストイックにしててよかったなというのはありますね。

日食:すごくいい話を伺えちゃった。私も駆け出しの、24、25歳ぐらいまでの時代には本当に同じことやってたんです。芸人さんにとってのネタが私にとっての曲だと思うんですけど、衣装がどうとかMCがどうとかじゃなく、他が拙くても曲さえよければお客さんは前のめりになってくれるっていう。そこを信じてやり続けてたっていうのは、やっぱり私も最初にあったので。ちょっとこう通ずる信念みたいなのがあったからこそ、こうやって出会えたのかなっていう。

ノブ:だから本物というか、本気のやつってたまに現れるじゃないですか。芸人でも「こいつらはすごいぞ」みたいなやつが数年に何組か現れて。たぶん日食さんも音楽界のそういう方なんだろうなというのを思ったから好きになったんだと思います。すごくストイックっすよね。めちゃくちゃ曲出してないですか?

日食:出してますね(笑)。芸人さんに置き換えて言うと、ネタをステージのために作られるじゃないですか。それを作らなくても、起きたらなんとなく自分の中でプロットが始まってて、それを書いて。書いてるうちにまた別のも書きたくなるから、何個か並行で書いていって。それをやってると、あっという間に10曲とかできてるから、あとは急いで出さないと冷蔵庫の中身腐っちゃうよ、みたいな。

ノブ:すっごいな(笑)。だからアルバム出して、料理にして消化してっていう。

日食:どんどん出すから早く食べてっていうのをやってるんです。

ノブ:最高。なんか科学者みたいすね。僕らは舞台が決まって、そこのためにネタを作るんですよ。じゃなくて、常に実験をしときたいんですね。「こうしたらどうなるんだろう」っていうのをピアノでやってみたらこうなる、曲が1個できた、じゃあストックしとこうみたいな。

日食:そうですね。たとえばここにアイスコーヒーがあったら、これを題材に1個書いてみようかな、みたいな。毎日目に入るものに対して全部そうです。芸人さんのネタもそういうことじゃないんですか?

ノブ:じゃないです。そういう人、俺は芸人でふたり知ってますけど。ロバートの秋山(竜次)と、ジャルジャル。彼らは化け物だと思ってます。笑い飯もそういうところはあるんですけど、笑い飯も結構我々と似てて、期限決めて、作るってなったらめっちゃ作りますけど、ジャルジャルは毎日か2日に1回か、新ネタをYouTubeに落とし込んでるし、秋山くんも、彼は同期なんですけど、全部メモってるんですって。カフェでボーっとしてて、何か起こったらメモって。

日食:ああ、同じです。

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