森山直太朗にとっての“素晴らしい世界”とは? 20周年ツアー番外篇を観て
個人的にこの日のベスト歌唱の一つだと思ったのは、「生きとし生ける物へ」。大らかなカントリーバラード、「アメイジング・グレイス」を思わせる荘厳なムード。天上から降り注ぐ光の下、熱唱ではなく抑制を効かせ、祈りのように言葉を生かし、朗々と響き渡る唯一無二の声。あらためてすごいシンガーだと身震いする。
「ちょっと、堅苦しい曲が続いたからさ。ハモろうか」
飾り気ない言葉でメンバーをうながし、全員参加の手拍子とコーラスで観客の心を一つに繋げる。ゴスペルふうのサウンドが楽しい「君のスゴさを君は知らない」から、スカのリズムで明るく盛り上げる「すぐそこにNEW DAYS」へ。熟練のストリートパフォーマーのような、たとえ1曲も知らずに来た人も歌の輪に入れてしまうに違いない、ブルーグラス・スタイルのこのバンドは本当に芸達者だ。目の前に帽子があったらきっとお金を入れるだろう。1曲ごとに拍手喝采が鳴りやまない。
人生はドサ回り。この旅の途中で生まれた1曲ですーー。初披露の新曲「Nonstop Rollin’DOSA」は、もの悲しいマイナーバラードの歌い出しから、ぐっとテンポを上げてリズミックに駆け抜ける1曲。フィドルが奏でるケルト風のメロディが、喜びと悲しみをないまぜた遥かな旅情を運ぶ。隊列を組んでぐるぐる回る、大道芸ふうのパフォーマンスもばっちりハマった。
気が付けばライブはもう終盤だ。「boku」も、メンバーの息の合ったステップが楽しい1曲で、リズム代わりの手拍子が大きな一体感を生む。極めつけは「あの海に架かる虹を君は見たか」と題したインストゥルメンタル曲で、カントリーふうののんびりしたテンポが転調と加速を重ねて最速スピードに至る、大人が本気で遊んでいるようなやんちゃな演奏ぶりが実に楽しい。齊藤ジョニー、西海孝、山田拓斗、林はるか、バンドマスターの櫻井大介。素晴らしいメンバーをあらためて紹介し、明朗快活なカントリーソング「バイバイ」で、お別れの前にもうひと盛り上がり。さぁ残すは2曲。
「素晴らしい世界ってこういうことかなと、ツアーを重ねるたびに一応の答えにたどり着くんですが、またその先に答えがある。結局、答えはないんです。(中略)ただ、たった今の正解に気づいた瞬間を僕は、素晴らしい世界と名付けます。今日のこのひとときが、あなたにとっての素晴らしい世界であることを願いながらーー」
森山直太朗が魂を削り、血でしたためた渾身の大曲「素晴らしい世界」について、解説はいらないだろう。まさに絶唱と呼ぶにふさわしい。声は歪み、音程も外れているように聴こえるが関係ない。愛を、愛を、愛を。すべてを出し切り、ステージに座り込む姿に息を呑む。万雷の拍手が降り注ぐ。ゆっくりと立ち上がる。そしてもう1曲。ガットギターを爪弾きながらたった一人で歌った「さくら」の、肩の力の抜けきった素朴な美しさが静かに胸に沁みる。春の歌、旅立ちの歌、命の歌。素晴らしい世界。
アンコールは2曲。あまりに繊細で緻密な音作りゆえ、ライブでどう再現するのか? と思っていた「ロマンティーク」が、観客の手拍子を生かしたライブ向きの、大らかであたたかい曲になっていて安心した。「では、最後にこの曲を歌ってお別れです」と「どこもかしこも駐車場」へ。タイトルを言うだけで受ける曲も珍しいが、ユーモラスな表現の中に、移り行く人生の何事かをしみじみと感じさせるフォークバラードは、非日常から日常へ戻る区切りの1曲にふさわしい。小さく口ずさむ歌声も、これだけ集まれば大きな声になる。素晴らしい世界、これにて一件落着。八方に礼をしてステージを下りる姿におくられる、惜しみない感謝と祝福の拍手。
このあと〈番外篇〉は海を渡り、4月13日には上海公演が控えている。20周年と言いながら、いつのまにか22周年の年になってしまったが、旅は続く。ノンストップでローリンする、森山直太朗の歩みは止まらない。今この瞬間の答えを確かめながら、歌は続く。
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