ミーガンvsニッキー、アイス・スパイスvsラトー…加速・激化する現代のビーフをどう見る?
右を向いてもビーフ、左を向いてもビーフ。みんなそんなに人が争っているのが好きなのか、とふと思ってしまうほどだが、ヒップホップの世界において“ビーフ”が話題になるのも無理はない。それが一つのカルチャーを形成していることも言わずもがなだろう。ただ気をつけるべきは一線を越えてしまうこと。もしあなたが、純粋に音楽を、カルチャーを楽しみたいのであれば。
1月26日にミーガン・ジー・スタリオンは一つの爆弾を放った。米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で1位を記録した楽曲「Hiss」は、大ヒットの傍らで、その内容こそが話題になっている。この曲でミーガンが批判しているのは、自分をこき下ろすことで、注目を浴びようとする業界人たち。それはいかにもSNS時代らしい注目のされ方(瞬間的な憶測やイメージの拡散による数字稼ぎ、アンチの焚きつけ)に対する辟易と怒りに満ちている。
例えば、2020年、ラッパーのトリー・レーンズに足を銃撃されたミーガン(レーンズは懲役刑を課されている)に対し、誹謗中傷の声がいくつか上がっていたことは記憶に新しい。ドレイクが21サヴェージとのコラボアルバム『Her Loss』収録曲「Circo Loco」にてミーガンを嘘つきと揶揄するようなラインを入れたことも話題になった。そういった声に対し、ミーガンは本楽曲で、強く批判している。
しかし、それ以上に話題となったのは、ニッキー・ミナージュに対するラインだ。
〈These hoes don’t be mad at Megan, these hoes mad at Megan’s Law(奴らはミーガンに腹を立てないで、ミーガン法に怒っている)〉
ミーガン法というのは性犯罪者歴の情報公開を義務づけする法律であり、上のラインは、ニッキー・ミナージュの夫 ケネス・ペティについてのものだと言われた(ペティは10代の頃に強姦未遂の前歴を持ちながら、登録を怠ったため1年間の自宅軟禁措置を受けた)。2019年の「Hot Summer Girl」でのコラボ以来、ミーガンがフィーチャリングで参加したカーディ・B「WAP」の大ヒットを経て(2018年のニューヨークファッションウィークからカーディ・Bとニッキーの険悪さは有名だった)、かねてからSNSでのやり取りを含め、緊張を漂わせていた二人の関係だが、今回ついに爆発した。ニッキーの名前は出ていないものの、この曲のリリース後、彼女は即座に反応、1月29日にアンサー曲「Big Foot」をリリースする。
「Big Foot」は当然のことながらミーガンへの揶揄に溢れたが(タイトルの「デカい足」はトリー・レーンズに足を銃撃されたことにかけている)、問題視されたのはミーガンの亡くなった母親に対するラインだ。ミーガンにとって母親の死が、パーソナルで重大なものだったことは多くの人が知っていた。2022年のアルバム『Traumazine』がその喪失感に向き合ったハードな作品だったことを覚えている人も多いだろう。その中で「Big Foot」における彼女の母親に言及するラインは、あまりに行き過ぎたものとして批判された。
一方で、ニッキーのSNSファンダムの攻撃は過激化していき、ついにはミーガンの母親の墓地を荒らす騒動にまで発展する。楽曲同士の争いの域を出た、これこそ一線を越えてしまった出来事である。ニッキーはこれらのファンダムによる行為の煽動を否定しているが、まさしくSNS時代におけるビーフの興味深い事例と言えるだろう。SNS時代の狂信的なアーティスト信奉を戯画化したドラマ『キラー・ビー』(Prime Video)はこのあたりの話を詳しく描いたとも言えると思うが、そのスピードと拡散力、そして切り取られた場面や言葉に対する、繊細さを欠いた“意見”の流れる様は、まさに「Hiss」でミーガンが批判する“注目される方法”なのではないのだろうか。