連載『lit!』第82回:JPEGMAFIA x Danny Brown、Kamui…2023年ベストヒップホップアルバム
一方で、Nonameの5年ぶりの新作も話題になった。心地よくメロディアスなビートとフロウで軽快な様相だが、肥大化した産業、システムの摂取と人種問題に言及し、ある種の反権威主義、反資本主義を掲げる。特に「gospel? (feat.$ilkMoney, billy woods & STOUT)」は名曲。本作にも参加しているCommonの2000年代前半のアルバムや、スパイク・リーの映画を想起させるような複雑な視座を持った作品と言える。
また、Killer Mikeの新譜『MICHAEL』も、システムが個人に与える影響、そして個人がシステムに取り込まれることについて痛烈に描いた。愛や成功、家族などパーソナルなテーマを中心にした本作で、最も生々しく描写されるのが貧困であること。資本主義へ明晰かつ複雑な視線を向けつつ、その音楽性は風通しの良さを感じるもので、神聖さと爽快さすらも携える。
国内下半期の期待作だったWatsonのアルバム『Soul Quake』も裏切ることはない。相変わらず鮮明なレトリックとライミングの魅力に溢れているが、サウンドを含め流れるようなムードの転換は、昨年の『FR FR』や『SPILL THE BEANS』からの進化を感じさせるもので、一つのスタイルに定まらないことを見せつけるようなアルバムにもなっている。1stアルバムにして、手数の多さを刻むような、そんな広がりを感じる作品だ。
また今年、自らのライブで、今まさに起きている虐殺、戦争に言及し、そこから自分たちの表現と実存の場所に目を向けるようなMCをしたのは仙人掌だった。彼とS-kaineによるコラボアルバム『82_01』には、実に大切な視座と言葉が詰め込まれている。抗いきれない現実や社会の中で、踊り、音楽を綴ることの意味を刻んだラップアルバムとして、記憶に残しておきたい。
Elle Teresaのアルバム『KAWAII BUBBLY LOVELY Ⅲ』も素晴らしい出来だった。パンデミック以降、官能的な表現は抑圧への反動性を携え、これまで以上に政治的な意味を帯びるようになったが、夢見心地でキャッチーなトラップビートで耽美的な時間を再現しているこの作品も、結果的にそういった作品の系譜に位置づけられるだろう。何よりも、主導権を握らせないことこそが、この作品の肝であり、今まで以上に冴えたメロディを獲得していることも魅力的である。
最後に、ラップ、ヒップホップジャンルとは言えないのでリストから外したが、リル・ヨッティ『Let’s Start Here』とアンドレ3000『New Blue Sun』は、個人的に今年最も元気をもらった作品と言えるかもしれない。それは、ラップアーティストであるそれぞれが別ジャンルの作品を送り出す面白さもありながら、同時に、この逃げ場のない世界の中で、現実が一つではないことを、提示してくれるような作品でもあると思ったから。
今は過酷だし、軽薄な人々も存在するが、こうして文章を書いている間にも、『Red Bull 64 Bars』にて、OMSBのビートの上でtha BOSSが誠実なラップを轟かせていた。
〈自由に生きている奴が憎くてしょうがないってのがこの国で1番嫌いな常識〉
〈この不条理は俺達の無関心のせいさ/俺達は出来ない 刻々と進む虐殺を止める事が出来ない〉
今の世界を捉えて言葉と音を紡ぐ人というのは確かにいる。そういう表現者とそのスタンスを縛られることなく貫く人々にこそ、救われる1年だった。
重苦しいことばかりなのは事実かもしれない。しかし詰まるところは私もあなたと同じく、楽しみたいのだ。何も奪わせないために、様々な現実に存在しながら。できることならば2024年がもっとマシに、平和になることを祈って。
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