連載『lit!』第82回:JPEGMAFIA x Danny Brown、Kamui…2023年ベストヒップホップアルバム
2023年のヒップホップについて書くためには無関心なあなたたちについて書かなければならない。自らの平穏が守られるという幻想を信じきっているあなたたちについても。もちろん、流れる音、発せられる音に身を揺らし、感動するあなたたちについても。つまり、最高で最低なあなたたちと私たちについて。大袈裟ではなく、それが2023年のヒップホップだった。
まず、ヒップホップは50回目の誕生日だった。1973年のブロンクス、ヤンキースタジアムから2マイルほど離れたアパートで開かれたブロックパーティ。妹の小遣い稼ぎのために開いたこのパーティで、DJクールハークは踊っている人々を見ながら世にも大胆なことを思いついた。その瞬間から50年の月日が経つ、そういう記念すべき年が2023年だったのだ。ヒップホップの誕生日とされる8月11日にはヤンキースタジアムにてMass Apeal主催で『Hip Hop 50 Live』と題されたイベントが大規模に開催。オールドスクールの面々が中心になって集結し、一つの大団円を迎えたことは多くの人の記憶に残っているだろう。
当然、現在においても、人々は大いに踊っているし、目の前の音楽に熱狂している。国内でも、『POP YOURS』や『THE HOPE』といった大型フェスが昨年に引き続き盛り上がりを見せ、シーンだけではなく、ファンの多様性も可視化させた。より大きな規模のワンマンライブやイベント、来日公演と素晴らしき深夜のパーティの数々……と、パンデミックからようやく乗り越えたかに見えるこの1年で、現場はさらに多くのものを取り込み、人々に様々な居場所を与えている。その様は、それぞれに多様な現実が存在していることを、何よりも明快に示していた。
音源作品に目を向けてみよう。海外では待ちに待ったトラヴィス・スコットや、ドレイクによる新作が相変わらずメインストリームの話題に上がり、塀の中からYSLクルーのヤング・サグとガンナがアルバムをリリースした。一方、国内では、まさに塀の中のNORIKIYOによる鮮烈なドキュメント『犯行声明』や、OZROSAURUSの内省的な回想録『NOT LEGEND』など、ベテランによるコンセプチュアルな作品が話題になったのも印象的である。
そんな中で、筆者が選んだのが以下の10枚である。
1.JPEGMAFIA x Danny Brown『SCARING THE HOES』
2.Kamui『RAFRAGE』
3.B. Cool-Aid『Leather Blvd.』
4.Navy Blue『Ways of Knowing』
5.JJJ『MAKTUB』
6.Noname『Sundial』
7.Killer Mike『MICHAEL』
8.Watson『Soul Quake』
9.仙人掌 & S-kaine『82_01』
10.Elle Teresa『KAWAII BUBBLY LOVELY Ⅲ』
選出の理由は様々にあるが、要は単純な話で、それらが“正しい”作品のように感じたから。誤解のないように言っておくと、ここで“正しい”という強引な言い方をわざとしているのは、なにもそれがリベラル的な正しさの話でも、制度的なものに従属するような正しさの話でも、あるいは音楽倫理的な正しさの話でもないからだ。ここで名前を出した作品に感じる正しさとは、むしろ現実を受け入れんとする、その反発性と音楽的な態度が、2023年の表現としてこの上なく正しく感じるという、そういう話なのである。
思うに、2020年代が様々なものを奪っていったことを我々は知っている。パンデミック、複雑化していくシステム、戦争と虐殺。それらの剥奪行為・事象は、我々の実存にも大いに関係するような深刻なものである。そんな中で、例えば国内シーンで起きたトップラッパー同士のビーフの暴力沙汰を歓迎するような下品な行為をどうしてできようか。『THE HOPE』のパフォーマンスでPUNPEEが言っていたように、またバイオレンスに戻ってきてしまっているということなのだろうか。なにも矮小化しようとしているわけではなく、少なくとも私はその無関心に甚だ呆れてしまった。ただ同時にこうも思った。自分自身の中にある無力感と恐怖と不安ですら、資本主義に歓迎されてしまうのだろうか。そこに向き合おうとしている人が果たしてどれだけいるのだろうかと。逃げ場のない時代である。
少なくとも、SNSの安易な関心が無関心につながっていること。流動的なシステムの中の歯車に、自ら進んで成り果ててしまうことにはもっと自覚的で在りたいものだ。そういう時代を捉えた表現物としてJPEGMAFIA x Danny Brownの『SCARING THE HOES』は先を行っていると思う。喧騒と緻密な引用が、最高速度でリスナーの耳を駆け抜ける圧倒的な情報量。ジャンクな要素と知的な要素を併せ持ち、多くの楽しみを提供するビートは常にぶっ飛んでいて贅沢。高い質と挑発性を携えた、この荒れた作品をまず一番に挙げたかった。混沌の世界にふさわしい。
Kamuiのニューアルバム『RAFRAGE』は、タイトルが示す通りレイジビートを中心に、ジャージーやドリルなどへのサウンド的興味を自分の世界観で昇華しながら、一貫したムードとハイコンテクストな作品性の両立を高いレベルで達成している。多彩で儚く、それでいてオリジナル。ラップスキルもさることながら、世に蔓延る綺麗事を切り捨てるような、爽快なラインの数々にも痺れる。シーンの流行の先の景色を独自に提示した未来的な作品として評価したい。
また、暴力的な世界の中で慎ましさをもたらすのがB. Cool-Aid『Leather Blvd.』とNavy Blue『Ways of Knowing』だ。争いや剥奪が横行する世界の中で、素朴で、理想的な生活や感情のドラマを打ち出しているのはあえてのことだろう。特に前者の市井の人間の生活への眼差しはチャールズ・バーネットの映画にも通ずるような何かを感じる。過酷な現実に対しての祈りとして、この2枚は機能しているだろう。
JJJの新譜『MAKTUB』は今年の国内作の中でも珠玉の作品と言える。眩いビートで紡ぐストーリーテリングの中に置かれた音と音の間の隙間に、喪失の影を忍ばせながら、生きることの困難と日常の美しさを掬い上げ、ここでもまたハードな現実の中に生活の燈を感じる。引き算と試行を繰り返すことによって作り上げられた「Cyberpunk」「Eye Splice」や、美しい歌を添えた「STRAND」「心 feat. OMSB」など、今後一つの“基準”になり得るような曲が詰まっている。