連載『lit!』第70回:SPARTA、Candee、TOCCHI、Elle Teresa、5lack……国内ヒップホップシーンの熱狂とリアルを体現する5作
国内ラップシーンの現場における独自の熱狂と空気感はより強固になってきている。そんな感覚がある。
例えば、先日お台場で開催されたヒップホップフェス『THE HOPE』はそのムードを大いに感じられるようなイベントでもあったと思う。ライブパフォーマンスが目まぐるしく入れ替わるメインステージの流動性は、カオティックに多様なサウンドと歴史を渋滞的に見せていき、ストリートの、もっと言えば土と煙の香りが充満するハードコアなシーンの渦中にオーディエンスを放り込むことに(あるいはオーディエンス自体もある種の共犯関係としてそこに加担することに)成功していた。これはこれで、何日間かに区切られるフェスイベントや深夜のクラブイベントでは味わえないような、大規模で距離感があり、忙しなく流れていきながらも音が止み続けないからこその捨てがたい何かがあるとも感じた。オーディエンスの姿も含め、生々しくリアルなシーンの姿の一つとも言えそうな。
今回紹介する5作も、そういった国内シーンの正直でコアな部分を体現している音源作品かもしれない。シーンの現在を細かく見ていけばいくほど、アーティスト自身の多岐にわたる興味やコンセプトの振り切り方は、それぞれの現在進行形のリアルな感覚を刻んでいると言えそうだ。
SPARTA『Massive』
複雑な感情と自身の内省を綴るSPARTAによるタイトなEP。全トラックをセルフプロデュースで手掛けた本作は、繊細さと大胆さが同居した魅力的な作品に仕上がっている。特に先行シングルとして公開された「いつも」はジャージークラブを取り入れた楽曲として話題になったが、全体としても軽快さを大切にしながら、メロディアスなフロウを多様なリズムに乗せていく作品に仕上がっている。弱さと恐れ、自分と目の前にいる人間へのケアを主題とした全5曲は、リスナーに優しく寄り添うような姿勢を見せる。再生したら一瞬で聴き終わってしまうような疾走感がありながらも、言葉の節々に垣間見える不安定さとそれを掬い上げる気持ちいいリズムが印象に残り、忘れることは難しい。爽快で切なくて、どこか寂しくもありながら希望的な音楽。または孤独だけど孤独じゃないような、そんなダンスフロアやベッドルームに浮遊するような、大きくて小さい感情を、見事に接写している。
Candee『Rockdown』
今年初めに『Candemic』をリリースしたばかりのCandeeによる新作は、快楽的なセックスソングで埋め尽くされた前作と対になるような良作である。得意のメロディアスなフロウの割合を抑え、ハードに言葉をスピットする姿が印象的な本作は、より生活に密着した描写がその背後にあるポリティカルな要素を垣間見せる。中でも話題を攫った「在日ブルース」は出色の出来。自らのルーツと向き合いながら、絵空事や忖度抜きにラップする、やはり屈託のないラッパーとしてのCandeeの姿がここでも見える。声質の相性の良さを見せるLANAや7との共演、また彼らしいメロディの魅力が映える「I gotta go」も聴きどころ。今の時代を捉えた音楽作品としても多面的な表情を湛えているが、陽的で耽美的な『Candemic』と地に足をつける本作『Rockdown』として、セットで語るべき作品とも感じる。
TOCCHI『東京時代』
北海道出身にして沖縄に移住し、ヒップホップコレクティブ 604に所属するラッパーTOCCHI。彼の新作『東京時代』は力強くこの時代を捉えた、あえて言うのであればコンシャスなヒップホップアルバムである。そのメッセージ性の強さはもちろん(貧困やメディア批判、戦争など話題も多岐にわたる)、メロディアスで吸引力のあるソウルフルなトラックと歌唱が特徴的で、思い切りの良さを感じさせる。儚い楽曲が並ぶ歌成分の強い本作の音楽性を象徴するようなタイトルトラック「東京時代」、フロウの軽快さと内容のヘヴィさが同居する5曲目「一線」、同じく604の仲間である唾奇とHANGが参加した最終曲「Independent Era」あたりはとりわけ耳を引く。ポリティカルな部分での重要性は言うまでもなく、音楽としてのキャッチーさを捨て去らない姿勢が美しい。