米津玄師やYOASOBIカバーが話題 サックスプレイヤー ユッコ・ミラー、アルバム『Ambivalent』への想い
幅広い層からの人気を集めている凄腕サックスプレイヤー、ユッコ・ミラー。YouTubeへの動画投稿でもサックスの魅力を積極的に発信し続けている彼女は、音楽を自由に表現する楽しさをまっすぐに伝えてくれる。6thアルバム『Ambivalent』も耳を傾けていると心躍らずにはいられない作品となった。最新のヒット曲に独自のアレンジを施して輝かせるカバー、多彩なサウンドアプローチを取り入れたオリジナル曲の他、彼女が歌声を響かせる曲も収録された今作に込められた想いとは? さまざまな切り口で語ってもらった。(田中大)
「歌詞がないインストは聴き手によってどんな風にも聴ける」
――アルバム『Ambivalent』の作品全体のテーマはありましたか?
ユッコ・ミラー(以下、ユッコ):特になかったんです。やりたいことを詰め込んだらアンビバレントだった……みたいな感じでした。
――並んでいる曲を聴いて「相反する要素が並んでる」と気づいたから、タイトルが『Ambivalent』になったということでしょうか?
ユッコ:はい(笑)。私には、もともとそういうところがあるのかもしれないですね。
――インストゥルメンタルの魅力をすごく伝えられるミュージシャンだなと、今作を聴いてあらためて思いました。
ユッコ:ありがとうございます。歌には歌詞がありますけど、言葉で伝えられるのはいい面もありつつ、意味が限られてしまうところもあると思うんです。でも、歌詞がないインストは聴き手によってどんな風にも聴けるというか。そこがインストのよさですよね。
――1曲目の「Stormy Night」もインストですが、どんなイメージを抱きながら作りました?
ユッコ:「世の中的にしてはいけないことをしてしまう人間の背徳感とスリル」というような明確なイメージがありました。最初は静かだけど、だんだんドラマチックで情熱的になっていく展開になったのも、そういうイメージがあったからで。
――「背徳感とスリル」って面白いテーマですね。
ユッコ:アニメ、映画、ドラマも人間模様が描かれているものが好きなんです。そういうものがこういう曲に繋がったんだと思います。バンドのみなさんも情熱的なプレイをしてくださって、最高の仕上がりになりました。2テイクくらいでOKになったんです。ソロとかもそうですけど、準備はしつつも本番の空気感に委ねるほうがいいんですよね。
――曲のイメージは、バンドメンバーに事前に詳しく伝えるんですか?
ユッコ:そうですね。「Stormy Night」は特に細かく伝えました。でも、細かく伝えない曲もあるんです。参加してくださったミュージシャンにお任せするほうがいい時もあったりして。
――曲を一緒に演奏すると、言葉を超えた何かを交わし合う感覚になりますよね?
ユッコ:はい、本当にそう思います。ニューヨークでレコーディングしたことがあるんですけど、あの時も「言葉は通じないけど音楽で通じ合う」みたいな感じでした。やっぱり音楽は世界共通語なんですよね。
――「Morning Breeze」も、音がたくさんのことをイメージさせてくれます。「MBSテレビお天気部 秋のテーマ曲(2023)」ですよね?
ユッコ:はい。これは「天気予報で流すので、爽やかな曲に」というご要望をいただいていました。爽やかな朝の雰囲気を出した曲です。
――ミュージシャンは朝が苦手な人が多いイメージですけど、ユッコさんはどうなんでしょう?
ユッコ:もともと夜型だったんですけど、最近朝方になりました。早起きっていいなと思うようになったんです。朝の時間は午後よりも4倍くらい密度が濃いというお話を聞いて、「たしかにそうだな」と。朝に作業をしてふと時計を見たら、「まだ10時だ」と思えたりするので。朝はゆっくり時間が流れている感じがして、集中できるのがいいです。
――「Morning Breeze」を朝に聴いたら、穏やかに一日を始められそうです。
ユッコ:そう感じていただけたら嬉しいです。この曲は先行配信しているので、すでにみなさんにいっぱい聴いていただいています。
――音を聴いて爽やかな気分になることができたりするのは、やはり音楽の面白さですよね。
ユッコ:そうですね。あと、音作りにその人が出るというのも面白いです。アドリブの取り方も、その人がそのまま出るんだなと感じることがよくあります。音楽には人間がそのまま出るので、嘘をつけないんですよ。コンディションが出るところもよさだと思います。人はいつも元気というわけではないですし、たとえば風邪を引いていたりする時の音がよかったりすることもあるんです。音楽って生き物だなと日頃から感じています。
――キャリアを重ねるごとに音楽の面白さを発見している感じもあります?
ユッコ:それはあると思います。やりたいことも日々増えていますし。
――カバー曲も、毎日さまざまな音楽に触れるなかで「この曲を吹いてみたい!」となっているんですか?
ユッコ:はい。そう思うことがすごく多いです。
――カバーは選曲も面白いです。「可愛くてごめん」は、HoneyWorksの曲ですね。
ユッコ:TikTokでバズりまくっている曲ですね。歌詞が今までに聴いたことがない感じで、衝撃でした(笑)。今年流行った旬の曲を今回のアルバムにいっぱい入れたかったんです。
――「可愛くてごめん」は、どのような想いを込めて演奏しました?
ユッコ:あえてかわいい感じで演奏しないようにしました。ソロとかも激しい感じなんです。歌詞が強烈な曲なので、そういうほうが合っていると思いました。
――サックスの掛け合いの部分は、口論しているようなイメージが浮かびました。
ユッコ:女子同士の喧嘩みたいな感じですよね。
――この曲は今作のなかでも、特にホーンセクションがフィーチャーされている曲でもあるんじゃないでしょうか?
ユッコ:そうですね。ポップな感じを出したくて3管アレンジにしました。「KICK BACK」(米津玄師)も3管アレンジですね。私は学生時代に吹奏楽部に入っていたので、吹奏楽のよさみたいなものも入れたいなと思っていました。
――カバーをする曲は、どのようなことを考えながらアレンジしていますか?
ユッコ:「歌をどうサックスにするのか?」ということを毎回考えます。歌い方、歌い回しとかもカバーしたいので。
――今までに、ものすごい曲数のカバーをやってきましたよね?
ユッコ:そうですね。YouTubeの動画も入れたらかなりの曲数だと思います。「この歌をサックスでやるなら、こんな感じなのかな?」と考えるのが楽しいです。
――カバーは、サウンドアレンジの勉強にもなりますよね?
ユッコ:はい。それによって作曲が変わってきた部分もある気がします。前よりも自分で細かくアレンジするようになりました。
――ユッコさんのカバーと原曲を聴き比べると、アレンジの重要性も発見できます。アレンジによってメロディや曲自体の印象が大きく変わるのだと、よくわかるので。
ユッコ:アレンジって重要なんです。おっしゃる通り、曲の印象がすごく変わるんですよ。アレンジャーとしてのお仕事もいただけるようになっています。去年は、演歌歌手の方の曲のアレンジをさせていただいたことがありました。新しい挑戦は、これからもしていきたいですね。
――今作に収録されているカバーは曲調も幅広いですし、ある意味、毎回が挑戦ですよね?
ユッコ:そうなのかもしれないです。毎回、どうやるのかいろいろ考えるので。
――「トウキョウ・シャンディ・ランデヴ」は、MAISONdesの曲のカバー。アニメ『うる星やつら』のEDテーマでしたね。
ユッコ:めっちゃかっこいい曲だと思って、やりたくなったんです。このカバーはフュージョンっぽいアレンジになっています。
――現代的なフュージョンや昔のモダンジャズっぽいアレンジもあったり、幅広いサウンドが聴けるのも、今回のアルバムの楽しさです。
ユッコ:いろんな時代の音楽が好きなので、自然とこうなるんです。
――サックスプレイヤーに関しては、どのあたりの方がお好きなんですか?
ユッコ:もともとチャーリー・パーカー、ソニー・ロリンズ、ジョン・コルトレーンが大好きなんです。
――テナーのプレイヤーが意外と多いですね。
ユッコ:たしかにそうですね。アルトだとキャノンボール・アダレイも好きです。そのあたりのプレイヤーの作品をめっちゃ聴きまくっていました。
――ユッコさんは、アルトサックスが専門ですよね?
ユッコ:はい。テナーを吹くこともありますけど、ほとんどがアルトです。ソプラノも気になっているんですけどね。バリトンは「可愛くてごめん」で吹きました。
――あの喧嘩みたいな掛け合いですか?
ユッコ:そうなんです(笑)。あの感じは、バリトンならではですね。
――「KICK BACK」もカバーですが、かっこいいですよね。
ユッコ:これも最近の曲ですし、ぜひやりたいと思ったんです。
――モダンジャズな感じのアレンジが、すごくハマっています。
ユッコ:このアレンジ、合っていますよね。
――米津玄師さんも、これを聴いたら喜んでいただけるんじゃないでしょうか。
ユッコ:聴いていただけたら嬉しいんですけど(笑)。「KICK BACK」は、かっこいいですよね。カバーしてみて、あらためて思いました。ドラマチックな展開の曲なので、演奏していても面白かったです。
――お客さんがウィスキーとかを飲みながらジャズを聴くライブハウスみたいな風景が浮かぶ仕上がりだと思いました。ジャズのライブハウスは、学生時代に行ったりしていました?
ユッコ:地元にはあまりジャズのライブハウスがなかったんですけど、たまにお父さんと一緒に行ったりしていました。
――お父さまも、ジャズがお好きなんですか?
ユッコ:そんなに詳しいわけではないんですけど、好きですね。
――音楽一家なんでしょうか?
ユッコ:全然です。なぜか私だけ急にこうなってしまって(笑)。
――(笑)。YOASOBIの「アイドル」のカバーも楽しいです。この曲は、YouTubeで『推しの子』の星野アイ風のコスプレをして吹いていましたよね?
ユッコ:動画を撮る時は、衣装にも結構こだわっているんです。コスプレ、楽しいです(笑)。「アイドル」はメロディが独特だなと、カバーをして思いました。YOASOBIさんの曲は難しいですね。でも、もともと好きでたくさん聴いていたので、すぐに馴染むことができました。
――「アイドル」はグローバルチャートでも上位となった曲ですから、このカバーは海外でもたくさん聴かれるかもしれないですね。
ユッコ:ぜひ聴いていただきたいですね。少し前に香港のアニメのフェスに出演したんですけど、「アイドル」をやったらめちゃくちゃ盛り上がりました。YouTubeの生配信も、海外からのコメントがたくさん来て、すごく嬉しいです。今年は海外に行く機会が多くて、視野が広がるのを感じています。それによって音楽の幅も広げていくことができると思いますね。