リアルライブの価値を高める多機能性 Sphere、The Bellwetherなど没入感やファンとの繋がり強化するアメリカの新ベニュー

多機能性を備えたアメリカの新ベニュー

 またアメリカでは、Sphereとは違った方向性でリアルの音楽体験を高める新たな音楽ベニューが2023年7月11日にオープンしている。The Bellwetherは、1600人収容のメインルームのほか、隣接するレストラン、ロビーバー、オープンテラス、プライバシーとラグジュアリーを重視するゲスト向けのVIPラウンジなどを備えたロサンゼルスの新ベニュー。同ベニューでは、オープンから今冬までにTycho、Haim、ポーター・ロビンソン、カーリー・レイ・ジェプセン、Tegan and Sara、Slowdive、A-Trakといった日本でも人気のアーティストが多数出演。ライブイベントからDJイベントまで、ジャンルの垣根を越えたラインナップで注目を集めるマルチジャンルのベニューとして運営されているが、今後は音楽に限らず別用途での使用も計画されている。

 興味深いのは、The Bellwetherでは、運営者のネットワークを使って、独自にアーティストの成長を支援するシステムを持っている点だ。同ベニューは、LAにある音楽ベニューのThe Moroccan Lounge、Teragram Ballroomを運営するMichael Swierと、ベイエリアの独立系プロモーター企業であるAPE(Another Planet Entertainment)のジョイントベンチャーとして運営されている。

 Michael Swierは、かつてMercury Lounge、Bowery Ballroom、Webster Hallという、自身がニューヨークで運営するベニューを使って、アーティストを段階的に規模の大きいベニューに出演させることで、音楽ベニューがアーティストの成長に並走しながら、キャリアを成長させていくエコシステムを確立している。またAPEも拠点とするアメリカのベイエリアで同様のシステムを確立している。

 このシステムにより、アーティストはキャリアが発展するにつれて、それに適した会場で演奏できるようになり、自身のキャリアをスムーズに発展させ、なおかつファンとのつながりを深めることが可能だ。一方、自分が推すアーティストと物理的にも精神的にも近い距離感を味わえる点はファンからしても歓迎したい要素だろう。

 両者によって運営されるThe Bellwetherは、同様のエコシステムをLAにおいて確立するための布石と言えるベニューであり、今後はMichael Swierが運営するThe Moroccan Lounge、Teragram Ballroomとの連携によるエコシステムが構築されていく予定だ(※3)。

 こういったファンとのつながりを強めていくことでキャリアを発展させていく手法は、音楽サブスクやSNSを活用しながら自分の音楽を広めていく現代のアーティストにとっては、今やある種のスタンダードになっている。

 特に最近はコロナ禍を機にSNSを通じて発掘された、それまで無名だったアーティストやその期間に活動を開始したアーティストの活躍を目にすることも少なくないが、そういったアーティストがそこからさらにステップアップするためには、やはりリアルの世界でファンと交流できる場も必要になってくる。そう考えるとオンラインを通じてアーティストとファンの距離が以前よりも近くなった現代においては、両者を物理的に結びつけるリアルの場であるベニューの必要性も高まってくる。The Bellwetherが構築しようとしているエコシステムもまた、今の時代の音楽ベニューに求められる機能のひとつだと言えるだろう。

 SphereとThe Bellwetherは、規模感こそ違うが、多様な用途が予定されているという点で共通し、今後は音楽をはじめとしたエンタメの会場となるベニューがより多機能化していく可能性はある。しかし、それよりも個人的に興味深いのは、これらのベニューがコロナ禍でスポットライトが当たることになったオンラインの音楽カルチャーをリアルな音楽エンタメの現場に持ち込み、それをさらに発展させようとしていると捉えられる点である。

 かねてからオンラインの世界でキャリアをスタートしたアーティストは、“URL To IRL(In Real Life)”という目標を掲げて、オンラインからリアルへの移行を目指してきた。そして、そのスタンスは現在、音楽ベニューのあり方とも少なからずリンクしているように思える。今後は本稿で触れた没入感やファンとの繋がりの強化だけでなく、よりさまざまな形でオンラインで生まれたカルチャーがリアルな音楽の現場と溶け合うことで、さらにその体験価値が高まっていくのではないだろうか。

※1:https://www.udiscovermusic.jp/news/u2-live-at-new-las-vegas-live-venue-sphere
※2:https://wired.jp/article/plaintext-the-las-vegas-sphere-makes-virtual-reality-a-full-body-experience/
※3:https://lamag.com/news/music-venue-los-angeles-bellwether-location-capacity-schedule

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