GRAPEVINE、さらなる好奇心を楽しむロックアルバム 『Almost there』に散りばめられたユニークな仕掛けを解き明かす

GRAPEVINE『Almost there』を解き明かす

 GRAPEVINEのニューアルバム『Almost there』がリリースされた。衝撃的な先行配信シングル第1弾「雀の子」、スケール感のある先行配信シングル第2弾「Ub(You bet on it)」を含む全11曲が、攻めた遊び心を炸裂させつつ揺るがぬGRAPEVINEらしさを聴かせる。楽曲制作の裏話から長年サポートキーボーディストとして共に活動している高野勲をプロデュースに迎えたレコーディング作業まで、久々に田中和将(Vo/Gt)、西川弘剛(Gt)、亀井亨(Dr)の3人が揃い忌憚なく語ってくれた。(今井智子)

「“素敵と感じることが素敵だ”というタイトル」

ーーまずはアルバムタイトル『Almost there』に興味を惹かれます。「もうちょっと」といった意味の抽象的なワードで、前作が『新しい果実』と具体的だったのと対照的ですね。

田中和将
田中和将

田中和将(以下、田中):「Ub(You bet on it)」の歌詞からつけたんですけど、『Almost there』はあまり日本人が使わなさそうな言い方だと思いまして。人間って、いつまでも到達せずに「もうちょい、もうちょい」と言ってるもんだなと。バンドもそうで、楽器も極めたと思ったら終わるわけじゃないですか。「もうちょい、もうちょい」と思いながらやりたい、という思いは込めたつもりです。「Ub(You bet on it)」の中の一節で、〈世界中が素敵だと感じたなら〉がありますけど、それは世界が素敵かどうかというより、素敵と感じることが素敵だって。佐野元春が歌ってたじゃないですか(笑)。まあそういうことかな、というようなタイトルです。けっこうソリッドなロックっぽい曲が多いんで。シャッフルも、実はウチは少ないんですよ。小気味いい感じができたと、自分に発破をかけるじゃないですけど、そういうつもりで歌詞も書きました。

ーー佐野元春の「SOMEDAY」の一節〈ステキなことはステキだと無邪気に 笑える心がスキさ〉ですね。「Ub(You bet on it)」の作曲は亀井さんですが、どんな風に曲を書いたんでしょう。

亀井亨(以下、亀井):僕が持って行った時には、もうちょっとテンポも遅くて、ポップというか。やっていくうちにロックっぽくなって、推進力のある感じになりました。今回プロデューサーがキーボードの高野勲さんで、高野さんも「こういう感じはどう?」とかいろいろ提示してくれて、プレイリストとか作ってくれたんで、みんなで聴きながら、相談しながら作っていきましたね。

ーー高野さんにプロデュースをお願いしたのはどういう経緯で?

西川弘剛(以下、西川):随分前ですけど、1曲だけやってもらったことがあるんですよ。高野さんはバンドのことを一番よくわかっているんで、みんなでいろいろ話し合いながらやるには適任。他にもいろいろ候補は上がったんですけど、高野さんがいいんじゃないかなと。本人もやる気満々で引き受けてくれたんで、うまい具合にいきましたね。

田中:前作がセルフプロデュースだったんですけど割と手応えを感じてまして、非常に良い作品になったと思うんですよね。今回はその延長上みたいな形で、プロデューサー誰か欲しいなと常に思っていた中で何人か名前が挙がったんです。僕らはこういうサウンドにしたいからこの人に頼むとか、今回こういうことがしたいからこの人に頼むということではなくて、出てきた曲をどうしていくか。次の作品をこうしたいというより、出てきた曲をみんなでああしたいこうしたいとやるんで。だったら一番僕らがグダグダするところとかも知ってるし、僕らに足りないところも見えているであろう高野さんに、いつもとやり方はそんなに違わないけど、中心になって引っ張ってもらうのはどうかということになりました。

GRAPEVINE - Ub(You bet on it) [Official Music Video]

ーー今作はバンド感が出ている作品だと思うんですが、それは高野さんが意図したところなんでしょうか。

田中:かもしれないですね。明確にそういう話し合いをしたわけではないですけど、前の作品が僕の趣味というか、アンビエントとかネオソウルっぽいところが反映されたところがあったので、今回はロックアルバムだなと思ったんですよ。そういう風に、もしかしたら高野さんが持ってってくれたのかもしれない。キーボードが結構入ってるんですけど、ギターロックっぽい感じはありますね。

誰もコケられない緊張感から生まれる一体感

ーー曲それぞれについて伺いたいんですが、配信シングル第1弾「雀の子」が、起伏に富んだ曲もですが、関西弁で歌っているのが大変インパクトがありました。

田中:「Ub(You bet on it)」と言ってることは変わらないんですけどね。真面目に書いたら「Ub(You bet on it)」、関西弁で書いたら「雀の子」。全部関西弁で歌ったのは初めてですけど、いかにも関西弁でっせ、という感じにならない自信があったんですよね。音で聴いたら違和感がないと思いますし。これまでのロックの系譜で関西弁というと、「大阪でっせ!」という感じでコテコテに関西弁を押し出してるものが多かったじゃないですか。上田正樹しかり、ウルフルズの「大阪ストラット」とか。そういう感じにならない自信があった。曲がわりと飛び道具的なんで、そういうことやってもいいかなと思いました。ちょっとストレンジな曲を作りたかったですし、作ってるうちにみんなもどんどん盛り上がって悪ノリして、アレンジが面白い方向になったんで、こういう詞でもアリかなと思いました。

西川:ちょっとメタルサウンドがいいってことになって、そういえばウチってそういうのを避けてきたなと。そういう機材を持ってなかったりしたんですけど、これは80年代の「ブラックロック」みたいな感じ。

田中:Living Colourとかね。

西川:そういえばLiving Colourって当時も聴いてないなあと思って、改めてSpotifyで聴いたんですけどね。ちょっと面白いですよね。上物は跳ねてるのにリズムは全然跳ねてない。不思議な感じがして、それを参考に作りました。

西川弘剛
西川弘剛

田中:僕もともとブラックミュージックが好きなんですけど、これは「ブラックロック」みたいなつもりで書いて。それがストレンジな形で出れば面白いなと思ってて、それを高野さんに伝えて。ブラックミュージックになったかは知らないですけど、かなりインパクトあるというか、ギョッとするものはできたと思うんですよ。だから成功したかな。まさか最初に配信するとは思わなかったですけど。

ーー(笑)。小林一茶の俳句をベースに関西弁で歌うのも予想すらできないもので。

田中:一茶は優しい目線ですけど、あの句の「お馬」って大名行列だという説もあるじゃないですか。あのおっさんは、それぐらい気が大きくなってるんですよ。

ーーなるほど! それで馬が暴走してるような荒れ具合なんですね。歌い終わりが1行足りない感じでプッツリ終わるのは何か意図があるんですか?

田中:この仕掛けはデモテープからこれで。蛇足にならないように、そこで言い切ってしまって、投げる。えっ終わり? という。まあその、聴いてる方に委ねるというか。

ーーこんな複雑な構成の曲をライブでやるとどうなるんでしょうね。

西川:(取材時点で)1回やったんですけど、すごい緊張感ですよ。何一つ失敗できない。構成はすごいカチッとしてるんですよ。3拍子になったり4拍子になったり、仕掛けばっかり続くので、誰かがコケるとみんなコケる。俺が最初にコケたくないっていう気持ちの緊張感(笑)。体に入れば大丈夫なんですけどね。

GRAPEVINE – 雀の子(Official Lyric Video)

ーーその緊張感が5人の一体感を生むのかも。1、2曲目が突出して挑戦的なので、3曲目「それは永遠」が曲調も歌詞も安心感を与えてくれます。

亀井:これはヒネリなしで素直にやってみようと。すると得意パターンというか。今までにあったイメージだと思います。

田中:おっさんがキュンとくるものを書きたかったんです。曲がそういうものですし。デモの段階からこれは良い曲だと思っていたんで、だったらもうどんなん作っても大丈夫だなと。今回は亀井くんが先に曲をたくさん作ってくれていて、後から僕が曲を書くような感じやったんで。こういう曲がいくつかあったから「雀の子」とか、ちょっとぶっ飛んだようなものを作っても大丈夫だなという安心感といいますかね。好き勝手やっても良いやと。いつも好き勝手やらせてもらってるんですけどね。

ーー次の「Ready to get started?」はスピード感のあるロックチューンで。

亀井亨
亀井亨

田中:これも青いですね。若作りな感じといいますか。元々の亀井デモは、もっと遅いテンポでもっと叙情的な歌ものやったんですよ。でもその方法でやってるとうまくいかなくて、結局グイッと強引にこっちの方向に持って行った感じですね。

亀井:頓挫しかけたんですけど、いろいろ端折って何とか持ち直して(笑)。非常にストレートな曲になりました。

ーーこの曲はゴダイゴというか「銀河鉄道999」へのオマージュでしょうか?

田中:松本零士リスペクトで。松本先生が今年の2月に亡くなったこともあったんですが、高野さんが言い出したんですけど、この曲のコード進行が完全に「銀河鉄道999」のソロと同じやなと(笑)。だから気持ちは「銀河鉄道999」なんです。

ーーそれに『男おいどん』の重要アイテム〈ラーメンライス〉も入って、松本零士リスペクトな歌詞になったんですね。そして5曲目の「実はもう熟れ」は80年代ソウル風。

田中:曲は80’sテイストでディスコなんですけど、つい自分の中にある昭和歌謡感みたいなのが出てしまいましたね。元々ディスコやったんですけど、やってみると結構地味で。過去にも似たような曲があったりするんで、もっと派手なキラキラしたディスコにしたいって言ったんですよ。それでテンポも上げてみようかと。高野さんが非常に頑張ってくれてシンセを重ねて。

亀井:デモではここまで振り切ってはいなかったんですけど、わりと80’sのダンサブルなものを目指してメンバーで作って行ったんです。こういうの結構みんな好きで、過去にもアルバムに1曲ぐらい入ってたり。なので今回は、より振り切った感じになりましたね。

西川:僕はこれ、Daft Punkみたいにしたいなと。ロボットっぽい声を入れた方がDaft Punkっぽいかなとか思ってたんですけど、いつの間にか昭和歌謡になってました(笑)。

ーータイトルの読み方とか、歌詞の持って行き方が思わせぶりですね。80年代の歌姫がモデルかと。

田中:ネタバラシじゃないですけど、1番だけ見れば80年代から脈々とある雰囲気で、2番以降様子がおかしくなる、というのを作りたかったんですよ。

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