『プロセカ』の影響で価値観に変化? 人間とVOCALOIDが共に歌う曲は“水と油”からスタンダードとなりうるか

 そこで推測できるのはもっと本質的な、リスナーの持つ価値観に由来する要因だ。一部の作り手側にも言えるが、機械の声であること=人の声の歌唱でないことをボカロ曲のアイデンティティと捉える価値観が、黎明期から今に至るまで受け継がれているように思う。一時期は人間では到底歌唱の困難な曲や、「初音ミクの消失(LONG VERSION)」(cosMo@暴走P)、「アンノウン・マザーグース」(wowaka)、「フォニイ」(ツミキ)といった、合成音声ソフトの歌唱だからこそメタ的なメッセージ性や情緒を孕む曲が人気を得る傾向もあった。硬派なVOCALOIDファンの中には、合成音声ソフト“のみ”を使った曲を純粋なボカロ曲と定義し、肉声をボカロ曲に使用することに懐疑的な層も存在する。相反し混ざらないものの例えに“水と油”の比喩があるが、長年VOCALOID文化に携わるリスナーやユーザーには、人の声と機械音声を“水と油”とする価値観が時間をかけて醸成され、浸透してきたのかもしれない。

初音ミクの消失(THE END OF HATSUNE MIKU) - cosMo@暴走P
wowaka 『アンノウン・マザーグース』feat. 初音ミク / wowaka - Unknown Mother-Goose (Official Video) ft. Hatsune Miku
フォニイ / phony - kafu [オリジナル]

 しかし、冒頭に述べた『プロセカ』を介しVOCALOID文化に触れ始めた層や、肉声と遜色ない合成音声ソフトの存在がスタンダードとなっている層は、おそらくこうした価値観とは無縁の中で楽曲を楽しんでいる。文化の担い手が持つ価値観の変異は、確実に5年後、10年後の文化の変遷に表れる。今でこそ特異点にも見える“人間とVOCALOIDが共に歌う曲”。だが人と機械の共存が一般的になりつつある中、そこから新たなヒット曲が生まれる時代もそう遠くはないかもしれない。

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