くるりが田中宗一郎と語り合う、音楽作家として迎えた確かな変化 ポップと実験を往来してきた特異なアティテュードの変遷
くるりの新作『愛の太陽 EP』が3月1日にリリースされた。映画やドラマのタイアップ曲を中心に、歌に重点を置いた6曲がパッケージされた同作は、岸田繁(Vo/Gt)曰く「全曲普通にいい曲よね」と思える楽曲がEPになるという、くるりとしては珍しいリリース形態。そんな作品性ゆえ、“聴き手に寄り添うくるり”と、“実験精神に溢れたくるり”という二面性に今一度思いを馳せたくなると同時に、特にこの10年のくるりのディスコグラフィと並べて聴いても違った感触を得られるEPと言えるだろう。
今回リアルサウンドでは、くるりの岸田、佐藤征史(Ba)と、初期から彼らの作品を追ってきた音楽評論家・田中宗一郎の鼎談をセッティング。アルバム『天才の愛』(2021年)を経て今作に繋がるモードを紐解いていくうちに、自然とくるり全体の歩みや、ソングライティングに対する特異なアティテュードの変遷を振り返る内容に。じっくり読みながら、くるりのディスコグラフィから新たな発見をしてもらえたらと思う。(編集部)
いまだ昇華/消化できない『天才の愛』というアルバム
――田中さんは前作『天才の愛』以降のくるりをどのように聴いていましたか?
田中宗一郎(以下、田中):正直、作品からもプロモーションのお手伝いをすることからも逃げてました(笑)。
岸田繁(以下、岸田)&佐藤征史(以下、佐藤):(笑)。
田中:というのも、繁くんと直接LINEをしたり、SNSの投稿を見たりしている中で、くるりがすさまじく新しいところに向かっているのは、アルバムを聴かせてもらう前からわかっていたんですよ。だって、オクターブを12等分する「平均律」という、我々が普段から慣れ親しんでいるポップミュージックの根底にあるルールを疑い、それに抗うような作曲とレコーディングをしてるのがわかってたから。
個人的にも、2018~2019年にかけて急速に様式化されたメインストリームの音楽に興味を失ったタイミングではあったので、「くるりは全く新しい鉱脈を見つけた!」と興奮してはいたんです。でも、それと同時に『天才の愛』という作品を、媒介者としてカジュアルかつポップにリスナーに届けるのは本当に難しいし、自分には無理だと思ったんですね。
――作品としては興奮していたわけですよね。
田中:めっちゃとんでもないな、と思ってました。ただ、このとてつもない作品をポップに翻訳できないまま賛同していたら、くるりと田中宗一郎は気がつけば社会の隅っこに追いやられてしまう危険性もあるじゃないですか?(笑)。
――「くるりの新作、田中宗一郎が絶賛してるけど、自分はもうついていけないな」みたいな。
田中:例えば、『THE PIER』(2014年)の時は、繁くんたちは「よくわからないものができちゃった」と困惑してたんですけど、自分はそれをポップに翻訳することができる自信があったから「これは俺に任せとけ!」って頑張ったんですよ。でも『天才の愛』は「俺には荷が重い」と思って、逃げた(笑)。
佐藤:『THE PIER』は、アルバム制作を始める前に「Remember me」みたいなポップなシングル曲がすでにあった上で、アルバム曲として微分音(平均律における半音よりもさらに細かい音程)を取り入れるような実験をしていたんですよ。それに対して『天才の愛』は、アルバムのスタート地点がそうした実験だったというのが大きいと思いますね。
岸田:音楽を始めて以降、初めて「入ったらあかん沼」に行ってしまった感がありましたね。スタジオで1日チューニングし続けて終わった日もあるし(笑)。
田中:(笑)。
佐藤:だからアルバムを作り始めた頃は「誰が聴くんだろう」みたいな感じはあったんですよ。でも、本当に長い期間をかけ、想いも込めて作っていくうちに「これはすごく良い作品だ」としか思えなくなって。だから、正直『天才の愛』は、その想いがまだ消化できていないアルバムなんですよ。
――作り手としては、まだ心残りになっている作品なわけですね。
佐藤:音楽フェスに出ると、他のバンドやPAさんに「『天才の愛』いいですね」っていっぱい言われたし、もちろん刺さってる人には刺さってるんでしょうけどね。道端で女の人が突然イヤホンを外して「『I Love You』聴いてます!」って言われたこともあるし(笑)。
田中:(笑)。「I Love You」の透明感すごいよね。
岸田:はい。“濁り”を取りました。
田中:80~90年代にかけて、ヒップホップを中心にサンプリングが当たり前になったことで、楽曲自体のキーがいくつかぶつかっている曲がごく一般的になったじゃないですか。でも、きっと70年代の人が聴いたらものすごく気持ち悪かったと思うんですよ。ただ、それに慣れた我々の耳はあの濁りもむしろ気持ち良いと思うようになりましたよね。
岸田:ですね。僕もそうでした。
田中:そこで平均律を含めて「音楽に正解はない」ということがわかった一方、「音楽は基本的に濁っているもの」みたいな認識が無意識のうちに進んだと思うんですね。そこに「I Love You」を聴かされたので「こんなにも透き通った音楽ってあるんだ」って、本当にびっくりして。聴き手の感情にまったく負荷を与えず、まるでいろんなネガティブな感情を抜き去ってくれるような、諌めてくれるような、ほんと透き通った不思議な曲でしょ? あんなポップソングは他にないと思います。
岸田:ありがとうございます。初めて褒められた感じがしますし、「I Love You」という曲に対して初めていただいた音楽評論だとも思いますね。当時いくつかの取材を受けたけど、わりとあの曲でやった調律についての話は「すごいですね」で止まってしまったというか。
田中:なるほど。神棚に飾られちゃう、みたいな。
岸田:もちろん「良い曲ですね」であの曲自体は喜ぶと思うんですけど、自分としてはだいぶ変わったものを作った実感があるんですよ。調律っていう、音楽の大前提となる部分で、他の音楽とは全然違う切り口をしているんですから。
田中:あまりに透き通っていて、さらっとした純水みたいな曲だから「美味しい」と感じられるまでにいちばん時間がかかるタイプの曲でもあるんだよね。
佐藤:メインストリームの人たちが、あの透明感を気持ち良いと感じるようになれば、戻れなくなると思うんですけどね。僕もラジオで自分たちの曲をかけると、音程やリズムをほとんど調整していない昔の曲に対して気持ち悪く感じるようになっちゃってますし。
岸田:まぁ、あの曲みたいにDAW上でコードごとにトラックを作って、個別でチューニングを変えて濁りを取るプロセスは本当に大変なので、今後AIを活用して調律に飛躍的進化が起こるのを期待しています。