the band apart 木暮栄一「HIPHOP Memories to Go」第16回 震災を経て一変した価値観、日本語詞挑戦に至るまでの秘話も
震災後の国内外ヒップホップシーン ドリルに対しては複雑な所感も
我々がそうした試行錯誤に勤しんでいた頃、ヒップホップもまた相当面白いことになっていた。
元々クランクやサザン・ヒップホップと呼ばれていたヒップホップのサブジャンルが、T.I.やJeezyなどのヒットを経ながら、この頃にはトラップと総称されるようになり、YouTube上にはスキニージーンズを腰履きした若いタレントが無数に出現し始める。
Lil’ Wayneの他、のちのビッグネームが揃ったYoung Moneyのアンセム「BedRock」に参加していたTygaの「Faded」や、New Boys「You’re A Jerk」、多少時系列は前後するがRae Sremmurd「No Flex Zone」など、明らかに新しいスタイルを感じさせるラッパーのMVが日々YouTubeにアップされ、あっという間にミリオン再生されていく。
そうした状況をフラットに楽しみつつ、いよいよ音楽の聴かれ方がデジタルメディア中心の時代に変わったのだな、という個人的な感慨を得た時期でもある。海外との物理的距離がそのまま情報的距離だった時代は終わり、新しいスタイルの出現と発見、消化までのタイムラグもほとんどなくなってきていた。それを実感したのが、Y.G.「I’m Good」 をビートジャックしたKOHH & MONY HORSE「We Good」を見つけた時だ。
元々サウスのラップに顕著だった露悪的な軽口のようなリリックを自分たちの言葉に置き換え、のみならず英語のフローとノリを参照した日本語の組み合わせ方は相当フレッシュだったし、彼らの地元である王子の都営住宅で撮影されたEillyhustlehard Films製のMVもまた、この人たちは一体何者なんだろう? と観る者の好奇心をくすぐらずにはいられない生々しさだった。
その後、KOHHは『YELLOW T△PE』の名を冠したミックステープシリーズをリリース、「JUNJI TAKADA」や実弟・LIL KOHHの「Young Forever」のバイラルヒットにより、『MONOCHROME』(2014年)をリリースする頃には日本を代表するラッパーになっていく。
この頃に始まったもう1つのトピックとして、Chief Keefに象徴されるシカゴドリルのシーンがある。
ストリートギャングとしての生き方や価値観を赤裸々にラップするこのスタイルは、インターネットを通じて世界中の同じような環境の若者へと拡散していき、2020年代までにNYドリル、UKドリルといった新たなサブジャンルの隆盛につながっていった。2012年のChief Keef「I Don’t Like feat. Lil Reese」のMVの構造は、その後のヒップホップMVの雛形ともなっている。
2010年代を通してその内容は過激さを増していき、画面の中ではドラッグや銃器のカジュアルな扱いが当たり前となり(それが彼らの日常なのだとしても)、さらにリリックでの敵対ギャングへの殺害予告や、実際の抗争やSNS上の諍いが原因で何人ものラッパーが命を落とした。日本で言えば『仁義なき戦い』や『アウトレイジ』といった映画、最近だと『BreakingDown』のようなインターネットコンテンツのヒットを見てもわかる通り、いつの時代も不良性には一定の求心力があるし、ヒップホップはそれらと親和性の高い一面も持っている。
しかし、ドリルミュージックで歌われる内容は、エンターテインメントであったとしてもフィクションではない。どこかの誰かのリアルな日常である。そして、聴く/観る側の好奇心が再生回数やコメント数という具体的な数字になる現代において、アーティスト自身もそこからのフィードバックを大きく受けているから、表現はよりエスカレートしていく……無関係に見える僕たちリスナーはYouTubeで再生ボタンを気軽にタップするだけだが、いつの間にか負の連鎖に加担してしまっているとも言えるだろう。
そんな背景に考えが及ぶうちに、音楽だけを切り取れば非常にユニークかつフレッシュなこうしたサブジャンルを、昔ほど能動的に聴くことは少なくなってしまった。ちなみにシカゴドリルのカリスマだったChief Keefはギャングライフから離れ、SNSとも適度な距離を保ちながらマイペースにスタイルを更新し続けている。
ここまで書いて時計を見ると、12月30日15時44分の表示。今年もわずかですね、とか言ってる場合じゃなく、年越し蕎麦を買いに行かなければいけないんだった。
この文章が公開される頃にはもう正月気分も抜けきっている……と願いつつ、『街の14景』のメモを書いて今回は終わりたいと思います。我々としては25年間で培った雑草魂を失くさず、かつ常に「Stay Fresh」でいたいものです。
今年もよろしくお願いいたします。幸あれ。