the band apart 木暮栄一「HIPHOP Memories to Go」第16回 震災を経て一変した価値観、日本語詞挑戦に至るまでの秘話も

バンアパ木暮栄一、震災後の日本語詞へ挑戦

『街の14景』全曲解説

1.いつかの

 例のごとくアルバムのイントロを作るつもりが、普通に1曲の長さになってしまった曲。意図していた以上にシリアスな雰囲気に仕上がってしまったが、このくらいシリアスに始まるアルバムというのも今までなかったので、そのまま1曲目として採用した。どうしようもない厄災そのものの悲劇性ではなく、それに対する反動のポジティブなエネルギーが思わぬ方向に流れた結果が誰も望まないディストピアだった、という想像で歌詞を書いた。ジョージ・オーウェル『1984』のような世界観に憧れて……しかし今聴くと、曲のムードに対してスネアのピッチが高すぎて、ちょっと笑いそうになります。

2.ノード

 アグレッシブなバックトラックに淡々としたメロディというイメージから作った。デモの時点でかなり作り込んでいたので、これまでであれば任せていたであろう演奏のニュアンスや細かなフレージングまで各メンバーに忠実に再現してもらった。そういう経緯があるので、今聴くと手数の割にどことなくインドア感が強い印象。さらにロックバンド的な音の定位から逃れたかったこともあり、フレーズを解体して別録するなど今までなかった録音手法に取り組んだ結果、演奏技術とは違ったところでライブでの再現が難しい曲になってしまった。ライブ用のリアレンジが必須だけど、いつかやりたいなーと思っています。

3.仇になっても

 Wikipediaを参照したところ、歌詞カードに歌詞が載っていないらしいので、録音終盤まで原が粘ったのだろう。リリースから10年の客観性をもって『2012 e.p.』収録の「ダンシング・ジナ」を聴いてもわかるが、原の楽曲は当初から日本語詞との相性が良い……というよりバンドがその方向へ舵を切った時点で、日本語でも自分のセンスに叶う曲調/メロディと言葉選びへの感覚的なアップデートができていたのだと思う。彼が常々言っていることだが、「自分が心の底から良いと思えなければOKは出せない」という言葉の信頼性はこうした部分からも感じるし、メンバーながら本当にリスペクトしています。

4.夜の向こうへ

 ベストアルバム『20 years』(2018年)のライナーにも書かせてもらったが、それまでバンドの制作とマネージメントを担当していたKの「日本語になったらお前ら売れねーよ」という軽口に怒髪天を突いた荒井が、彼の平均制作スピードからすれば珍しいくらい粘りに粘って作り上げた曲。“タケシ・アライによる怒りの1曲”とも言えるわけだが、そんなことは微塵も感じさせない爽やかさと普遍性があるところが面白い。ライブでの演奏頻度や外部からのフィードバックを含め、今やバンドの代表曲の1つと言っても過言ではないと思う。ドラム以外のパートは、かなり細かいところまで荒井が作った。各メンバーがDTMである程度までデモを作り込んでいたのも、このアルバムの特徴の1つかもしれない。

5.12月の

 「ノード」と同じく、バンドでのライブ演奏という前提から離れて作った曲。我々の音源を最初期から録音してくれている速水直樹氏によるパーカッション(当時趣味で始めたばかりだった)をフィーチャーしている。

 この曲もほとんどのフレーズを打ち込み/エディットで作り、それを弾き直してもらっているのでやはりインドア感が強い。歌詞は制作前後でハマっていたアニメ『STEINS;GATE(シュタインズ・ゲート)』の世界観からインスパイアされて書いた。脚韻ではなく頭韻を意識してみたり、コーラスとAメロを繋げて読むと別の意味になるような言葉遊びを取り入れるなど、全体的に新しいプロセスを楽しんで作りました。

6.AKIRAM

 相当な期間ライブでも演奏していないし、この文章を書くにあたって聴いたのも約10年ぶりくらいなので、もはや他人の曲である。そうした感覚で聴くと、先日までのツアーで演奏していた「Karma Picnic」もそうだけど、これを歌いながら弾いていた荒井はすごいと思います。

 どういう経緯でそうなったかは覚えていないが、Cメロ(〈明日は待ってはくれない〉以降)の歌詞を原が書いて、その他の部分は僕が書いた。なので選択する言葉のバランス的にも珍しい曲になっている。これもそのうちやりたいなー。

7.明日を知らない

 今まで荒井が作った曲の中でもここまでエディット寄りのものはないだろう。記憶が曖昧ではあるのだけど、「アルバム中盤の箸休め的な曲にしたいんすよね」みたいなことを言っていた気がする。この後にthe band apart (naked)が始まって、こうした感触の曲はそちらに回されることが多くなってきているので、「できたものは全部入れる」スタイルもこのアルバムあたりが最後かもしれない。

 余談ですが、我々のトリビュート盤(『tribute to the band apart』)が出た時、この曲をチョイスしてきた(坂本)真綾ちゃんは流石だなーと思いました。

8.師走

 原のフュージョンやAOR好きは雑誌のインタビューなどで触れられることも多かった気がするけど、それだけではない彼の趣味の幅広さを物語る曲。特に彼が2000年代後半にハマっていたYesやKing Crimsonといったいわゆるプログレ的な場面展開やリズムチェンジ、それにポスト・ハードコアのニュアンスをミックスしたようなアプローチは、散りばめられたユニークなフレーズも相まってギターを弾く人にはなかなか聴き応えのある仕上がりなのではないか。ちょっとふざけながら作ったような記憶もあるけど。

9.泳ぐ針

 僕はギターが弾けないのでどうしても使うコードが似通ってしまう。そうした手癖を脱したく思い、荒井と川崎が弾く部分をほぼ全て打ち込んで作った。結果、通常よりも妖しげな感じになって結構気に入っているんだけど、川崎曰く、速弾きなどとは違う意味で「手がつる」1曲らしい。当初つけていたサビのメロディを一聴した速水さんが「ダサいね」と言ってきたので作り直した結果、現在のメロディになった。歌い出しの〈針ならまだ上げない〉という言葉は、若くして亡くなってしまったDJ KLOCKに対するDJ KRUSH氏の追悼文の中からサンプリングしたフレーズ。人生を回るレコードに例えた素晴らしい文章だった。tricotのカバーも良かったなー。

10.black

 土臭いギターの応酬、キャッチーなサビ、往年のロックバンドで言えば数曲分はありそうな場面展開のアイデアを、ある程度一定のリズムでまとめ上げてある。川崎はこれ作るの大変だっただろうなー。そして彼が初めて作詞した曲でもある。間奏のリズムアレンジだけ原が考えたような気がする……そうした記憶に照らして聴いてみると、部分的に採用された他人のアイデアの異物感が良い意味でフックになっているように思う。この曲にふさわしいであろう重いリズムを叩くのが当時の僕は苦手だったので、曲作りのセッションをしながら川崎のイメージに沿うよう練習したものの、良いテイクの録音まではやはり時間がかかった記憶がある。

11.ARENNYAで待ってる

 “THE 原”といった趣きの爽やかさに独特のベースライン、毒と感傷が入り混じる歌詞は爽やかとは程遠いはずなのになぜかサラッと聴ける不思議な曲。〈クソがいくら着飾っても/クソはクソでしかない〉というひどい文字面のパンチラインも割と聴き流せてしまう。しかしよく聴くと演奏が相当ガチャガチャしていて、それは原というより良くも悪くもthe band apartの特徴のひとつかもしれない。タイトルの「ARENNYA」は阿蘭若(あらんにゃ)を我々風に発音したもの。「秘密の宗教的事項を教えるための場所として人里離れた静かな森林などを指す。仏教でも修行僧が修行するにふさわしい閑静な場所を意味する」らしいです。

12.アウトサイダー

 アルバム制作時のセッションで荒井が爪弾いたアルペジオを僕が気に入ってしまい、荒井自身が何度もボツにしようとするのを必死で止めた思い出がある。スネアのピッチが落ち着いていて良い。先日の『SMOOTH LIKE GREENSPIA 2022』で久しぶりに演奏したが、曲自体がシンプルだからか、久々のわりには皆それほど苦戦せずに演奏することができた。

 しかしこうして聴いてくると、僕以外の3人は言葉選びや表現こそ異なるものの、アプローチとしては意外とドキュメント性が高いんだなーと思いました。そうした意味ではラッパーに通じる部分がある……あるか?

13.8月

 夏はエネルギッシュな季節だけど、夏休みと言えば照りつける太陽と砂浜ではなく、“クーラーとヤニの匂いにまみれて”世代として曲を作るとこうなる。空調の効いた部屋の中から窓の外を眺めているようなインドア感……DTMを使った制作方法や本文で書いた『2012 e.p.』を経ての俯瞰性が、この時期の自分の曲を特徴づけているのかも。しかし、その中でもこの曲に関しては、ベースやリードギターの一部はお任せ形式だし、何よりバンドの1stシングル以来のリズムセクション一発録音(メトロノームなし)である。

 それが理由かどうかはわからないが、アルバム中「夜の向こうへ」に次いでライブでの演奏頻度が高い曲。単に簡単だからかもしれないけど。

14.outro

 「アウトロあったらいいよね」という雑談から、荒井が夕飯の匂いが漂うアルペジオを考え、それに各メンバーが作った曲のメロディを順番に当てはめた小品。自分たちの作品に関わらず、映画館でエンドロールが流れても席を立たない派の僕としてはやはり、こういう余韻のようなものがあると嬉しい。

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