曽我部恵一(サニーデイ・サービス)×難波里奈 特別対談 世代を超えて愛される喫茶店と、そこに根付く文化の魅力
老若男女、誰でもいつでも行ける良さがある
――洋服もそうですよね。流行りの服で身を固めるよりも、その人の雰囲気に合った服を着た方が、すんなり馴染んでカッコよく見える。
曽我部:うんうん。音楽もそうなんですよ。流行りの洋楽に無理して寄せていくんじゃなくて、それこそ純喫茶店が本当に身近だった頃の邦楽のニュアンスと自分たちを結びつけていこう、というのがあって。フォークだったり、70年代のATG(※1961年に設立された日本の映画会社。正式名称は「日本アート・シアター・ギルド」)辺りの映画を好んできました。喫茶店を好きになったのと、自分が70年代の音楽を嗜好し始めたのは、とても繋がっているんですよね。それこそ『若者たち』というメジャーデビューアルバムの裏ジャケは、喫茶店で撮ったんです。どうしても、そこの喫茶店で写真を撮りたかったので、お願いして撮らせてもらいました。
難波:この「トロワ・シャンブル」も「3つの部屋」というソロ楽曲のモチーフとなった曽我部さんゆかりの場所なんです。他にも下北沢に「いーはとーぼ」というお店があって、サニーデイ・サービスの「あじさい」という大好きな曲のMVがそこで撮影されているので、私からしたら曽我部さんの聖地です(笑)。
曽我部:そうですね。ピアノを弾いているシーンがあって、レコード会社の社長がマスターと知り合いだったので貸してもらって。コーヒーがすごく美味しいんですよ。
――先ほど、喫茶店の敷居が下がったというお話もありましたが、その背景にはどんなものがあるのでしょうか?
難波:若い人の間で喫茶店の敷居が下がったのは、SNSで店内の様子などを知ることができるようになったのが大きいと思っていて。便利でいいことなんですけど、そうすると、皆さんの行くお店がメディアで紹介されたお店に集中するんですよね。個人的には最初にメジャーなところへ行っていただいたら、曽我部さんがおっしゃったように、自分の住んでいる生活圏内のお店を探すのが、素敵な楽しみ方だと思います。喫茶店は老若男女、誰でもいつでも行ける良さがあると思うんですよ。もちろんそんなことないと思いますけど、仮に曽我部さんがスウェット姿で来ても、別に違和感がない。年配の方が新聞を読んでいたり、若い人たちがおめかししてデートしていたりとか、そういうのが混在しているのがよくて。
曽我部:パリに行った時、現地のカフェがそうだったんです。おじいちゃんもおばあちゃんもいるし、親子も若者もいる。ただ、日本で「海外のカフェを持ち込みました」となった途端にみんな身構えてしまう。
――海外におけるカフェのあり方というのは、日本の喫茶店と似ているんですね。
曽我部:そんな気がします。難波さんがおっしゃっていたけど、服装とかそういうことじゃなくて、もっとベースのマナーというか。大きい声で喋るのはダメとか、礼節を知っている人たちが集まるのが喫茶店だと思うんですよね。コーヒーを飲みながら、文字を読んだり、日々の話をしたりするという文化を愛している人たちの空間。だからこそ、安心して純喫茶に来れるんだと思うんです。フランスのカフェに行った時に「カッコいいな」と思ったと同時に、これって日本の純喫茶にも近いものがあるなって感じました。
難波:その喫茶店を愛している人が集まっているから「お店のイメージが悪くなる振る舞いはしない」というのが、みんなの根底にありますよね。「一度きり」ではなくて、何度も来たいから、ちゃんとしようと。
――だからこそ、喫茶店特有の秩序が守られているんですね。
難波:「喫茶店で気をつけることはありますか?」とたまに聞かれるんですけど、1番はマナーが大事だと思います。私が心がけているのは、好きな人とか憧れている人を想像して、その人に見られても平気だったら、おかしなふるまいはしていないんじゃないかという線引きにしています(笑)。
曽我部:僕も大学生とかで喫茶店に行った時は、マナーに気をつけましたね。みんなで居酒屋に行くのとは明らかに空気が違う。この雰囲気の中で自分たちのレベルで話をしなきゃいけない。結果、それが居心地の良さに繋がるんですよね。みんなが好き放題しているんじゃなくて、お客さん同士が各々のことを考えながら過ごす。だから、喫茶店って1番理想的な社会かもしれないですよね。
難波里奈も驚く、10組以上カップルを生む虎ノ門「ヘッケルン」
――ちなみに、喫茶店での忘れられない思い出はありますか。
曽我部:この喫茶店で当時のマネージャーとお茶をしていた時に、ドノヴァンというスコットランド出身のフォークシンガーの話をしていたんですよ。そしたら、隣に座っていた60歳くらいの渋いおじさんが「俺もドノヴァン好きだよ。ジェフ・ベックのあの曲は彼が作っているんだよね」と言って、そこから3人で音楽の話になったんです。こちらの会話に混ざっていく所作が、すごく紳士的だったんですよ。
難波:知らない人と言葉を交わすというのは、カフェより喫茶店の方が多い気がしますよね。そこに来た人とカウンターで隣になったら、マスターがそのお客さん同士を介して会話するなんてことが日常的に行われている。私がよく行く虎ノ門の喫茶店はマスターを通して男女が知り合い、10組以上も結婚してるんですよ。
曽我部:本当に!?
難波:縁結びみたいな喫茶店で。私もお店にいたときに話した女性がその後、そこで言葉を交わした方と結婚されたと知りました。
曽我部:へえ! 今、さだまさしさんの「パンプキン・パイとシナモン・ティー」という曲を思い出しました。
難波:そういう歌詞なんですか?
曽我部:パンプキン・パイとシナモン・ティーを頼んで、ガラスにシナモンの枝で女の子の名前を書いたら、両想いになったという伝説がある喫茶店を歌った、すごくいい曲なんです。ちなみに、さださんの妹さんが経営されている喫茶店が長崎にあって、そこのイチ推しメニューがシナモン・ティーとパンプキン・パイ。縁結びと聞いて、その曲を思い出しました。虎ノ門のお店はどちらですか?
難波:「ヘッケルン」というお店です。マスターがとてもユニークで、私がテレビ(『マツコの知らない世界』)に出演した時、マスターをスタジオにお呼びしたこともあるんです。マスターはすごくお元気で、お店のマナーを守らない人は注意して追い出しちゃうんですよ(笑)。今の世の中では炎上などを気にされて、お店の方も注意しにくいと思うのですが、そういうことを気にしなかった時代からやっているお店なのでマイペースを貫かれていて清々しいです。