松任谷由実が描く、50年の時空を超えた物語 観客を希望の光へ導いた『深海の街』ツアー東京公演

松任谷由実『深海の街』ツアーで描いた物語

 松任谷由実の全国コンサートツアー『松任谷由実 コンサートツアー 深海の街』。アルバム『深海の街』(2020年12月)を中心にしたこのツアーは、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、リリースから約10カ月後の2021年9月30日、10月1日の神奈川県・よこすか芸術劇場よりスタート。2022年7月8日、9日の兵庫県・神戸国際会館こくさいホールまで全国60公演以上に及ぶロングランとなった。

 本稿では、ツアー終盤となる6月25日の東京国際フォーラム ホールA公演をレポート。コロナ禍での不安や絶望、暗闇のなかの一筋の光を描いたアルバム『深海の街』の楽曲と50年に及ぶキャリアを代表する楽曲を有機的に結びつけ、時空を超えた物語を作り上げた本公演。根底にあるのは、メメント・モリの感覚、そして、歴史的な転換期を生きる現代の人々に向けた、どうにか希望を見出してほしいという切なる願いだ。

 オープニング映像のモチーフは、“深海に沈む潜水服を着た人間”。バンマス・武部聡志(Key)による荘厳なパイプオルガンの音色が響き渡り、松任谷由実ーー潜水艦の船長を想起させる衣装をまとったーーがステージに登場。1曲目の「翳りゆく部屋」(7thシングル/1976年)でライブは幕を開けた。ハードロック、プログレを想起さえる重厚なバンドサウンドとともに描かれる〈どんな運命が愛を遠ざけたの/瞬きはもどらない/わたしが今死んでも〉というフレーズは、このツアーの象徴と言っていいだろう。さらにフランス民謡「フレール・ジャック」の旋律をモチーフにしたイントロからはじまった「グレイス・スリックの肖像」(アルバム『昨晩お会いしましょう』/1981年)を重ね、失われてしまった時間への思いを増幅させる。

松任谷由実

 「海に沈んでいくとき/私は一瞬、自由になった気がした」ではじまるポエトリーリーディングから、アルバム『深海の街』の世界へ。まずは、スペイン風邪の流行、アントワープオリンピックなど、現代と符合することの多い1920年をーーまるでその場にいたかのようにーー生々しく、美しく映し出す「1920」。コロナの前年に起きたノートルダム大聖堂の火災に端を発し、ゴシックな世界観をポップに昇華させた「ノートルダム」では観客が一斉に立ち上がり、手拍子を送った。そして、洗練されたAORサウンドと〈飛んでゆく 渾身のストロークに乗って〉というポジティブなラインが一つになった「深海の街」で、ライブは最初のピークへ。巨大な潜水艦の内部をイメージさせるステージセットで繰り広げられる、シアトリカルなステージングも素晴らしい。

 ここからはユーミンらしいエンターテインメント性に溢れたステージへ。“あなた”がいないという事実を軽やかに歌い上げた「カンナ8号線」(アルバム『昨晩お会いしましょう』/1981年)では、ギターソロ、サックスソロが絡み合う間奏中に、ユーミンが海の風を感じさせるカラフルなドレスに早着替え。〈想い出にひかれて/ああ ここまで来たけれども〉というキャッチーなフレーズを高らかに響かせる。

松任谷由実

 さらに爽やかなグルーヴが心地いい「What to do ? waa woo」(アルバム『深海の街』)では、小林香織(Sax / Flute / Cho)、佐々木詩織(Cho / Per)とともに華麗なステップを踏み、ラテンテイストの「知らないどうし」(アルバム『深海の街』)ではスクリーンに松任谷由実の“デジタルヒューマン”(最新技術を駆使して人間の外見を精密に再現したCGデータ)が登場。マカロニウェスタン風の映像のなかで、高解像度の“CGユーミン”が大活躍し、会場からは大きな拍手が巻き起こった。サーカスやシンクロナイズドスイミングを取り入れた『SHANGRILA』シリーズをはじめ、常に時代の最先端を体現するコンサートを作り上げてきた彼女。その奔放なショーマンシップは、2022年の現在も完全に健在だった。

 「今日は来てくださって、本当にありがとう」という挨拶から、最初のMC。

「2年に渡って行っているこのツアー。作りはじめたときも現在も、いろんな思いでやっています。あの頃の出来事、そして、今の出来事。このショーにはそれらすべてを練り込めたと思っています」

 そんな言葉の後は、現在とデビュー当初をつなぐステージが繰り広げられた。まずはアルバム『深海の街』の楽曲。ヨーロッパ的なフォークロアを感じさせるメロディ、〈覚えてる あなたの瞳/いつか見た夢のどこかで〉に象徴されるデジャヴ的な歌詞が共存する「あなたと 私と」、日本語の響きを活かしたフロウ、和的な情緒を散りばめたサウンドが響き合う「散りてなお」などの楽曲からは、ニューアルバムの音楽的な充実を改めて感じ取ることができた。

 ここで時間は50年前へ移動し、デビューアルバム『ひこうき雲』の楽曲を続けて披露。〈誰かやさしくわたしの肩を抱いてくれたら/どこまでも遠いところへ歩いてゆけそう〉という名フレーズがゆったりと広がった「雨の街を」、そして、ユーミンの死生観が美しく表現された「ひこうき雲」。半世紀のタイムラグはまったく感じられず、2022年の世界と響き合うことで、楽曲に新たな命が宿るーー松任谷由実はこの瞬間、50年前の楽曲の普遍性を証明してみせたのだと思う。

 その中心にあるのはやはり、ユーミンのボーカル。アルバム『深海の街』でも感じたことだが、芯の強さが増すと同時に、抑制を効かせることで繊細なニュアンスを感じさせる歌のクオリティは、ステージでもダイレクトに伝わってきた。ちょっと信じられないことだが、シンガー・松任谷由実は現在もなお向上を続けているのだ。

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