香取慎吾を紐解く言葉:音楽、アート、アイドル……何者にもとらわれない、人の数だけ存在する人間像
香取慎吾は幼少期、虫や草など道ばたにある色々なものを拾って食べていたという。これは香取ファンでなくてもよく知られたエピソードではないだろうか。つまり、様々なものを体内に取り入れて育ってきたのだ。そしてそこに香取慎吾という人間の本質があるように思える。彼は良い意味で雑食なのだ。
筆者は、平成を代表するテレビ番組を尋ねられたとき、そのひとつとして『SmaSTATION!!』(テレビ朝日系)を挙げる。メジャーからインディーズまで、国内から海外まで、時代を照らし合わせながら、とにかくおもしろいものを分かりやすく、深く掘り下げて紹介していた番組だ。色々と口のなかに入れてきた、好奇心いっぱいの香取に似合う番組内容だったように思う。同番組は2001年の初回放送から16年、香取にあらゆる文化の扉を開かせた。そして視聴者も、彼と一緒に知見を広げていくような体験ができたはずだ。
あらゆるものを吸収してきたからこそ、香取は何者にもなれるのではないか。彼が2002年から萩本欽一と『仮装大賞』(日本テレビ系)で司会をつとめ、自身も何かに化けて番組を進行しているのは、今となっては必然的であったようにも感じる。
そんな香取の活動を追いかけてみると、私たちも自然と色々な引き出しが増えていく。
音楽:コラボレーションから生まれるオリジナリティ
香取の幅の広さをよくあらわしている活動が、音楽である。
2020年リリースのソロアルバム『20200101(ニワニワワイワイ)』は、BiSH、氣志團、KREVA、SALU、スチャダラパー、TeddyLoid&たなか、WONKらとコラボ。さらに「初回限定・GOLD BANG!」のボーナストラック「10%(小西康陽remix)」は、ピチカート・ファイヴなどで知られる小西康陽がリミックスを担当。正直なところ、香取がここまでポップミュージックに対して感度が鋭いとは思わなかった。なにより、いかにも彼らしい雑食性が詰まった、多彩な作品だった。
驚いたのはソロ2作目『東京SNG』(2022年)である。これがとにかく傑作だった。ジャズアルバムに分類されているが、ジャンルとしては未開拓性がほとばしっていた。雑誌『JaZZ JAPAN Vol.141』(シンコーミュージック・エンタテイメント)のインタビューで、香取は疑問を素直にぶつけながら制作に臨んだと語っている。
「“ビッグバンドって何ですか? ルールってあるんですか?”と尋ねると、専門家が“うーん”て唸っちゃう。僕の提案に対して“それってジャズじゃないよね”という反応があったこともある。でも“僕、ジャズとマイケル・ジャクソンは同じなんですよね。それはいけないんですか?”って話すうちに“いや、それもありだよね”って別のメンバーが引き取って形になっていったトラックもある」
同誌では、そんな香取について「ジャズサイドの固定観念にヒビを入れるような素朴で本質的な疑問」とその取り組みを評している。当たり前とされていることを一旦、脱ぎ捨てる。それが香取流の作品づくりなのではないだろうか。
その自由度の高さがもっともあらわれているのが、前述した小西康陽がプロデュースした「慎吾ママのおはロック」(2000年)である。サビをはじめとする恐ろしいほどの中毒性や小西印の秀逸なトラックと、テレビ番組『サタ☆スマ』(フジテレビ系)のキャラクターになりきって歌う香取の仮装が奇跡的な融合を果たしていた。子どもを楽しませ、大人も笑わせ、芸術家筋もうならせる。創作とはこういうことを指しているのではないかと、当時は色々と考えさせられた。ここまで間口が広くて奥深いプロジェクトは、ここ何年も芸能界では出てきていないと個人的には感じている。
アート:香取慎吾が描く絵に宿るもの
「心解き放たれ解放 どんな感情も絵が受け止めてくれる 絵を描くのが好きです。いっぱい絵を描いています。 『僕』が詰まった絵を。」
自著『慎語事典 SD SHINGO DICTIONARY VOLUME1』(2015年/小学館)のなかで、香取らしい独特の言い回しで、自分のメンタリティと絵が結びついていることを綴っている。2018年にフランス・パリ、翌年に日本で個展を開催し、現在は季刊誌『週刊文春WOMAN』(文藝春秋)の表紙画も担当。芸術家としてもその存在は広く認められている。
香取にとってアート創作とは、自分の現状と向き合うことでもある。雑誌『JUNON』2018年5月号(主婦と生活社)でも、「絵を描きながら、その絵で“俺、今こんな絵?”とか。すごい元気な絵を描いてて、“ウソでしょ。今は元気ないのに無理してんの?”とかね」と、絵を描くことで気持ちの微妙な変化を感じ取っているという。
香取はアートブック『しんごのいたずら』(1998年/ワニブックス)のなかで、芸術活動の好きな点について「自由な感じがするところ。僕は決まりごととかルールってもんが大キライなんだけど、そういうのをぜ〜んぶ無視して、自分を自由に表現できる場所なんだよね」と話している。ここでも、なにかに縛られない香取のスタイルが浮かび上がっている。
同アートブックのなかで象徴とも言える作品がある。『それぞれ』と題されたイラストだ。同じ人やものなんて二つとない。それをあらわした内容で、香取は「みんなちがうよ 色も形もみんなちがう それを忘れちゃいけないよ 自分の意思を持ってるかい?」と問いかけている。このメッセージこそ、香取がアート活動を通じてもっとも訴えたいことなのではないだろうか。