渋谷慶一郎が挑んだ『ホリック xxxHOLiC』での音楽的実験 制作エピソードと共に伝える、劇場での新たな音響体験

渋谷慶一郎が挑んだ『ホリック』での音楽的実験

バトルやアクションシーンの音楽は、日本人にとって鬼門

ーーあと、映画本編を観ていて驚いたのは、渋谷さんがバトルシーンの音楽を作られていることで。

渋谷:すごく疲れました(笑)。というか、最初どうしたらいいのか全然わからなかったんです。映画を観たら結構戦うシーンが多い。しかも、長いシーンになると8分とか10分とかあって、そこにどういう音楽をつけたらいいんだろう、どういう構成にしたらいんだろうと。だから、さっきの脚本の分析の話じゃないですけど、バトルシーンも細かくセグメントで切って、一度論理的に整理するようにしたんです。対決しているけどここのやり取りは前半の会話と繋がっているからコードとノイズだけ同じにして他は変えようとか。あと、最近のソフトシンセにはオートマティックにシーケンスを生成する機能があるので、そういうものを組み換えて使って、自分の手癖みたいなものを超えて半分自動生成的に戦闘シーンを作るというのも面白いと思ってやりました。

ーーバトルシーンの音楽には、渋谷さんが今年3月にドバイ万博で発表されたアンドロイド・オペラ『MIRROR』でも共演された、仏教音楽・声明の演奏家、藤原栄善さんが参加されています。これはどういうアイデアだったのでしょう?

渋谷:蜷川さんが声明が好きで。僕が2019年に藤原さんと一緒にやった『Heavy Requiem』っていうライブとインスタレーションの中間みたいな作品があるんですけど、それを蜷川さんがすごく気に入っていて「今回、声明入れたいんだよね」と言うから、じゃあ入れようって藤原さんにお願いして。あれも実は、リアルタイムエフェクトとかをガンガンかけているんですよね。

藤原栄善

ーーなるほど。『xxxHOLiC』のバトルシーンらしい、独特かつ血湧き肉躍るような音楽になっていましたよね。渋谷さんは、こういう音楽も書かれるんだという驚きもありました。

渋谷:確かに今までバトルシーンは作っていなかったかも。バトルとかアクションシーンの音楽って、日本人にとっては鬼門だと思うんですよね。ただ、大きい映画になると、ああいうバトルシーンは出てくるから克服しないとと思って頑張りました(笑)。

ーーハリウッドのアクション大作などでは、ひとつ大きな見せ場でもありますよね。

渋谷:『TENET テネット』(2020年)の音楽が非常にフレッシュで良くて刺激を受けました。ただ、ハリウッドの映画音楽はチーム戦というか何人かのスタッフと一緒に作っていることが多くて、僕は全部一人でやっているのでそういうものに負けてたまるかと思って頑張りました(笑)。

ーー『xxxHOLiC』という映画の、映像的な見せ場でもあるという。

渋谷:そうです。だから、最後の戦闘シーンとかは、実はこれまで流れていたいろんなモチーフが走馬灯のように流れているんです。吉岡里帆さん演じる女郎蜘蛛のテーマがノイズの中に薄っすら入ってきたり。そういうモチーフ操作は、実はかなりやっているんです。

ーー先ほども言った通り、今回のサントラは単なる映画音楽ではなく、『アンドロイド・オペラ』など、ここ最近の渋谷さんの活動とも繋がっているように感じました。

渋谷:そうですね。最近、僕の仕事は相互浸透的というか違うプロジェクトが混ざっていることが増えました。ただ、それを今回はピアノやオーケストラはナシの電子音楽で、基本的には自分ひとりでやっているという。そこが、今回の作品の面白いところなんじゃないかな。あと、アルバムにする段階での仕上げでEマスタリングだけではなくEミックスも導入しました。今はEマスタリングが普通になっているけど、Eミックスをする人はまだ少ないと思うんです。ミックスは自分でやって、マスタリングだけ外に頼むという。ただ、今回はミックスも外でやったほうが完全に新しいものに生まれ変わるなと思ってそうしました。

Kiri Stensby

ーー今回、ミキシングはニューヨーク在住のKiri Stensbyが、マスタリングはベルリン在住のEnyang Urbiksが担当しています。これは、どういう人選だったのでしょう?

渋谷:マスタリングの話からすると、音の解像度が高く、なおかつフレッシュな感覚を持っていて、あと音が大きいことも現在の聴取環境考えたら大事だなと思ってリサーチしていたんです。で、Arcaの『KICK』というアルバムシリーズがあるんですけど、その中の『kiCK iiiii』が好きで良く聴いていて。誰がマスタリングをやっているんだろうと思い調べてみたら、Enyang Urbiksというベルリンに住んでいる韓国人の女性エンジニアだったんです。実際に連絡を取ってみたら、やってみたいって言ってくれて。

ーーなるほど。

渋谷:そのまま彼女に「ミックス、誰がいいかな?」って相談したんです。そうしたら、ニューヨークにEartheaterっていうアーティストがいるんだけど、そのミックスをやっているKiriっていう若いエンジニアの子がすごくいいよって教えてくれた。連絡を取って、いろいろ音源を聴かせてもらったら、若くて感覚的で面白そうだなと直感したんです。僕の方でも何人か候補はいたんだけど、今回はマスタリングとミキシングのエンジニアのコンビネーションがいいなとも思ってお願いしました。

Enyang Urbiks(Photo by Max Jurisch)

ーーArcaというキーワードは納得の仕上がりです。

渋谷:あと、映画の監督も女性だし女性のキャラクターがたくさん出てくるから、エンジニアも女性でやった方がいい気はしたんですよね。男性の職人気質みたいなものとは、ちょっと世界観が違う気がしたというか(笑)。

ーー本作は渋谷さんの中でどんな位置づけの作品になるのでしょう?

渋谷:ここ最近やってきたことの集大成的な部分もあるし。あと、コンピュータで音楽を作るメリットって、無意識になれるところなんですよね。映画はストーリーとか時間の枠組みはあるけど、極端に言ったら、それをクリアしたらあとは何でもいいというか、ジャンルとか関係ないんです。自分の無意識性みたいなものが、今回の作品には思いっきり出ていると思います。

ーー電子音楽の作品ではありますけど、アナログシンセの質感や声明など、決して無機質なものではないという。

渋谷:確かに無機質ではないですよね。無機質でミニマルな電子音楽を作るのはすごく簡単だし、ちょっと古い。当たり前だから。さっき名前を挙げたArcaとかも、電子音の有機性みたいなところがあって。その感覚は僕も面白いと思っています。ただやっぱり、久々にシンセサイザーで仕事すると楽しいですよね(笑)。ある意味、ピアノよりも自分の楽器だなって思うところもあります。

ーーでは最後に、今回の作品をどんなふうに楽しんでほしいですか?

渋谷:僕のファンはきっとすごく満足するアルバムであり、映画音楽になっていると思います。ノイズ以降の電子音楽というか、ノイズとか楽音とかいう境界を音楽側から崩している作品だと思って聴くと楽しめると思います。あとは、この映画で僕を知った人からどういう反応がくるのか楽しみにしているところがあって。

ーー映画は“新体感ビジュアルファンタジー”と銘打っていますが、音楽面でもかなり新体感的なところがある。これは映画館の音響システムでこそ体験した方がいいと思います。

渋谷:それをもっと強調してプロモーションすべきだと思ったんですけどね(笑)。7.1 chのサラウンドを駆使して立体的な音像を目指しているし、それこそバトルシーンとか“アヤカシ”の音でそれは顕著です。あと、日本映画の作品としては、かなり大きい音で鳴っていると思うので体感度も高いと思います。だからストーリーを追ったり、主人公に感情移入してという古典的な映画観賞法を離れて没入するのが良いと思うし、映画でそれがいかに可能か、という実験は出来たなと思っています。

『ATAK025 xxxHOLiC』

■リリース情報
Keiichiro Shibuya
『ATAK025 xxxHOLiC』
2022年4月27日(水)発売
ATAK-025/¥2,500
発売元:ATAK

01 Run Away
02 HOLiC
03 Room
04 Spider Woman
05 Trust
06 Dining
07 Chant
08 Drone
09 Garden
10 Empty Life
11 Ambient
12 Fall
13 Techno
14 Spider Woman 2 15 Water
16 Flashback
17 Confession
18 Battle
19 Techno 2
20 Final War
21 HOLiC End Title

Composition, Keyboard, Electronics : Keiichiro Shibuya
Ayakashi Sound Design : evala
Buddhist Chant : Eizen Fujiwara
Mixing: Kiri Stensby
Mastering: Enyang Urbiks from Urbiks Music
Photograph: Mika Ninagawa
Design: Ryoji Tanaka (Semitransparent Design)
Production Management: Natsumi Matsumoto Production: ATAK
Produced by Keiichiro Shibuya

■映画情報
『ホリック xxxHOLiC』
絶賛公開中

監督:蜷川実花 
出演:神木隆之介、柴咲コウ、松村北斗、玉城ティナ、磯村勇斗、吉岡里帆
原作:CLAMP『xxxHOLiC』(講談社『ヤングマガジン』連載)
脚本:吉田恵里香
音楽:渋谷慶一郎
主題歌:SEKAI NO OWARI「Habit」(ユニバーサル ミュージック)
製作:映画『ホリック』製作委員会
配給:松竹 アスミック・エース 

■関連リンク
<渋谷慶一郎>
ATAK WEB SITE:http://atak.jp/
Twitter:@keiichiroshibuy

<『ホリック xxxHOLiC』>
公式サイト:https://xxxholic-movie.asmik-ace.co.jp/
Twitter:@xxxHOLiC_movie
Instagram: @holic_movie.official
TikTok:@xxxholic_movie

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる