花譜、ひとつの世界との別れと旅立ち 未来への一歩を踏み出した高校卒業記念ライブ

花譜、卒業ライブレポ

 廊下に出た花譜は、もう制服を着ていない。「燕」の衣装に着替え髪型もポニーテールになっている花譜は、顔立ちが変わったわけではないが、明らかに大人びた印象だ。コメント欄でも、「成長した」「大人になった」と感慨深い意見が並び、それとともに、制服姿の花譜を見ることはもうないのだろう、という寂寥感が湧いてくる。

 ライブはオリジナル楽曲パートへ。〈正解のない旅をしよう〉と歌う「アンサー」、〈どうしても世界を見たかった〉と歌う「彷徨い」、太陽が完全に沈む直前のタイミングに合わせて歌われる「夜が降り止む前に」。そして、「雛鳥」。〈さよならだよ全部 愛おしくても〉。去らなければいけない場所への愛しい別れの曲が最後の日の校舎に響く。どれも、花譜がこれまでも歌ってきたオリジナルソングだが、まさしく新しい世界へと踏み出そうとする状況と重なることで、より一層胸に迫る。

 すっかり夜に落ちた校舎の中を1人歩きながら花譜は語る。

「高校生活の3年間は、花譜としての私と花譜じゃない1人の高校生としての私を生きました。高校生活で一番の出来事は、友達ができたことです。『友達があんなこと言ってたなあ』とか、何かを見て『このことを話したいなあ』と思うことが身の回りにたくさんあって、3年でかけがえのないものが積み重なっていたんだなって思っておりました。

 同時に、花譜として過ごした3年間には、大好きな方たちからいただいた言葉や教えてもらったことや、花譜にならなければ思わなかった感情がたくさんありました。本当にたくさんの方に恵まれ、私は3年間もみなさんの前で歌を歌うことができました。花譜は、私は、みんなと一緒に成長してきました。本当にありがとう」

 そうして花譜がやってきたのはプールサイド。「アレンジを変えてお届けします」と、ぽつりぽつりと降り始める雨とともに始まるのは、「過去を喰らう」。〈卒業証書〉、〈制服〉、〈反抗期〉などの学生らしいモチーフが散りばめられ、途中にははっきりと〈大人になるのが怖かった〉と歌う。原曲は激しくギターがうねり、花譜が慟哭するような楽曲だが、ここではしっとりとしたピアノのジャズアレンジになっており、大人になることをすでに決意し、「大人になりたくなかった自分」を俯瞰しているかのように感じられる。

 その「過去を喰らう」の続編的な位置付けにある「海に化ける」の途中、雨粒は落ちるのを止め、逆に空へと戻っていく演出が。「過去を喰らう」にある〈あの頃に今も戻りたいよ〉という、本来であれば決して叶わない願いを、バーチャルの世界の中で夢のように叶えた一瞬だった。

 それでもやはり時間は進み続ける。プールサイドを離れ、花譜は再び歩き出す。やってきたのは「卒業証書授与式」という看板の立てかけられた体育館だ。

 パイプ椅子が並び、白い鳥を模したガーランドで飾られた会場を歩き、ステージ上に立つ花譜。照明がつき、花譜が両手を広げると、“花譜バンド”のメンバーの異次元な演出でのシルエットが浮かび上がる。バーチャルとリアルが入り混じる瞬間。

 “卒業式”のクライマックスを駆け抜けていく「世惑い子」、花譜3周年記念10大プロジェクトのひとつとしてスタートしているコラボ企画「組曲」第二弾の大森靖子とのコラボ「イマジナリーフレンド」、花譜がアンバサダーを務めるポプラ社新刊レーベル「キミノベル」のプロジェクト第二弾楽曲「それを世界と言うんだね」。〈君のノベル 世界は動く 君と繋がる〉という歌詞が、花譜の世界と観測者たちの世界の交差する、今この瞬間を示しているようだ。

「いよいよ次で最後の曲になります。『そして花になる』『帰り路』の続編で、私の高校卒業記念楽曲としてカンザキイオリさんにインタビューしてもらって作った曲です。私はこの身であるゆえに人に話せないことがすごく多くて、『これはわざわざ話すことでもないな』ということが増えていたんですが、その想いをカンザキさんがすごく大切に汲み取ってくださったことが本当に嬉しかったです。この曲をこの先歌ったり聴いたりする時、どんなことを思うのかな」

 虚を突かれるような言葉だ。私たちが花譜を見る時、それは必ずバーチャルな存在としての花譜だ。だがその裏側には、今を生きているまぎれもない一人の人間が存在する。ぼんやりとは理解していたことを、改めて突きつけられる。

 そんなふたつの顔を3年間生き切った花譜にカンザキイオリが贈ったのは、「裏表ガール」。ホーンセクションが華やかなアップテンポの楽曲を、花譜は〈私だけど私じゃないんだ それでももう離れやしないの〉と晴れやかに歌い上げる。裏も表も受け入れて肯定する花譜の結論は、花譜を観測し続けてきた人には感無量だったのではないだろうか。

 「みんなのおかげで私は花譜になることができて、今も花譜でいられます。みんなが大好きです。高校を卒業したけど、花譜としてはここからが旅立ちです。ここまで見てくださった皆さん、本当にありがとう。またね」という言葉とともに、花譜は“卒業式”を締めくくった。

 バーチャルシンガー 花譜の、そして日本のどこかにいる女の子の高校卒業を記念したライブ。だが、進み続ける時計の針、沈みゆく太陽の光、3年間の思い出、あらゆる角度で時間の経過を表現し続けたこのライブを目の当たりにして、今、あるいはかつて、それぞれが学生としてすごした自分自身の日々に思いを馳せずにはいられなかったのではないだろうか。花譜と共に、今自分が生きている時間もまた絶え間なく時が進んでいるのだということを。

 花譜の活動はこの先も変わらず続く。けれどこのライブをもって、ひとつの世界との別れと旅立ちがあったことは確かだ。いとおしい限られた短い時間を後にして、花譜は次の世界に進む。その歌声は、これからどこに響くのだろうか。祝福とともに、その未来への期待が芽吹く。

■アーカイブ配信
『僕らため息ひとつで大人になれるんだ。』
アーカイブ配信は4月30日まで視聴可能
https://www.zan-live.com/live/detail/10164

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