ヒグチアイ、“矛盾”を受け入れるという生き方 当たり前を疑うことの大切さも語る

ヒグチアイ、“矛盾”を受け入れる生き方

嫌なことを思い出して「嫌だったな」と思うことが大事

ヒグチアイ(写真=池村隆司)
ーー本作に収録された「距離」という曲は、まさにそういう距離感について歌った曲ですよね。遠距離恋愛の切なさ、やるせなさを歌いつつ、〈見えないから全部知らなくて それでも想い合っていいんだよ〉とも綴っていて。

ヒグチ:見ようと思えば思うほど、見えないものが増えてしまい、そこに常に欠乏感を抱くような恋愛をしたこともあって(笑)。そうすると、自分のやりたいことや仕事、健康にも支障をきたしてしまうんですよね。今はもう、他者との距離感を常に測りながら生活をしているので、人によっては「冷たい人」と思うかもしれないし、そういう自分だからこそ書ける曲もあるんだなとも思います。

ーーこの「距離」と「やめるなら今」そして「悲しい歌がある理由」は、「働く女性」がテーマのシリーズとして昨年3カ月連続リリースされました。どの曲もどこか人生に対しての「諦観」というか、さっきお話ししていた「前向きに諦めること」の大切さを歌っていると思いました。

ヒグチ:そうですね。諦めたり絶望したりすることもあるけど、それでも常に「希望」を見出したいとは思っていて。進むことはできなくても、ちょっと上を向くくらいの曲は書きたいと思うと、出てくる主人公を好きになれた方がいいと思うんですよ。漫画やドラマもそうですけど、主人公を「嫌いだな」と思ったら見たくないじゃないですか(笑)。自分で書いた曲の主人公を好きになれないと、自分のことも嫌いになりそうな気がして。

ヒグチアイ / 距離 【Official Music Video】
ヒグチアイ / やめるなら今 【Official Music Video】
ヒグチアイ / 悲しい歌がある理由 【Official Music Video】

ーーでも、ヒグチさんの曲を聴いて共感したり「好きだな」と思ったりするのは、そういう前向きな部分だけじゃなくて、ダメなところも曝け出してくれているからなのかなとも思います。

ヒグチ:「そこが嫌だ」という人もいるんでしょうけどね(笑)。「ここは隠しておきたい」「言ってほしくない」ということまで見せられてる、言われているというのは、嫌な人はきっと嫌だと思います。私は結構、なんでも話せるタイプだから、こうやって吐き出してしまえて楽になるんですけど、それを聞いて背負ってしまう人もいると知って。そういう人には申し訳ないという気持ちはありつつ、他の人の曲を聴いてもらうしかないのかなと(笑)。前向きになれる曲は世の中にはたくさんあるので……。

ーー(笑)。「劇場」という曲は、ヒグチさんのライブに対する「一期一会」な思い、「今日はきてくれたお客さんも、次は来てくれないかもしれない」という、これもまた諦観に近い感情が歌われていると思いました。

ヒグチ:その通りです。決してマイナスな意味ではなく、「会えないのが当たり前」と常にどこかで思っているんですよ。だって自分がそうだから。もちろん、ずっと大切にできるものもあるけど、私が歌っていることや考え方って少しの変化はあれど大枠は一貫しているところがあるので、「その考え方はもう自分に必要ない」と思えば聴かなくなるのは当たり前だよな、って。だからこそ今こうして会えているのはものすごい奇跡だとも思う。「よく探してくれたよな」って(笑)。だから、全然悲しいことではないんです。

ヒグチアイ / 劇場 (Live at 2021.11.26 よみうり大手町ホール)

ーー「一貫したことを歌っている」とはいえ、デビューしてから今日までの間にヒグチさんの中で変化してきたこともたくさんあるわけじゃないですか。聴いているファンの人たちもやはり変化していって、そうやってお互いに変化した先に、それでもまだつながっていられているのはもっと奇跡なのかなと思いますね。

ヒグチ:確かに。私も確実に変わってきているわけですもんね。「あの頃の方が良かったのに」と思われているかもしれないけど(笑)。もう13年も続けているので、一度離れた人がまた戻ってきてくれることもあるかもしれないですし、自分と同じように考えている人はもっとたくさんいて、「どうしたらもうちょっと素直に生きていけるだろうな」とか、そういうことを考えている人にとって、自分の曲は何かしらのヒントになるかもしれないので、まだ続けていくべきだなと思っています。

ーーサウンド面では「縁」のようなカントリー調の楽曲や、「サボテン」のようにThe Beatlesっぽいアレンジなど、新たな試みが随所にあります。最近、ヒグチさんが聴いている音楽にも変化があるのでしょうか。

ヒグチアイ / 縁 【Official Music Video】

ヒグチ:それが最近は、人の音楽を全然聴いていなくて(笑)。音楽、どんどん聴かなくなっているかもしれないですね。

ーーそうなんですか。メロディはどんどん深みも洗練さも増して、しかもポップになっていると思いましたけど。

ヒグチ:もしそう感じてもらえているのだとしたら、それはきっとメロディから先に書く曲が増えているからかもしれないです。昔はとにかく歌詞先行か、歌詞と一緒にメロディが出てくる曲が多かったんですけど、今はまずメロディを作ってから歌詞をそこに乗せることが増えていて、歌詞に合わせてメロディを1番と2番で少し変えることも少なくなったから、そういう意味でも聴きやすい曲になっていると思いますね。そういうふうに変化したのは、タイアップ曲を書くようになったところは大きいです。

 それに、タイアップ曲を書くときは「こんなイメージの曲を書きたいな」と頭の中で固まるまでは、いろんな曲をインプットしまくるので、それがメロディに反映されているところはあるのかもしれないですね。例えば「悪魔の子」を書いていたときは、Evanescenceのアルバムをめちゃくちゃ聴きました。彼女たちのメロディの美しさ、ちょっとゴシックな感じとか、今まで聴いたことがなかったので新鮮でしたね。他に、ピアノ弾きなのでトーリ・エイモスは以前からよく聴きますし、最近はティグラン・ハマシアンも聴いていました。

ヒグチアイ(写真=池村隆司)

ーー「やめるなら今」も、シンプルなメロディのリフレインと、それを支えるコードがマイナーやメジャーを行き来するところとかライブでも非常に心揺さぶられました。

ヒグチ:この曲も、イントロのピアノが食っているところとか、何かしら聴いて「あ、こういう曲がやりたい」と思って影響を受けた気がするんですけど、それが何だったか忘れてしまいました(笑)。メロディやコード進行に関しては、何一つ考えながらやっていないので、ずっと自分の中に蓄積されたものが出ているのかなと思います。結構、日本の音階を使っている方だと思うんですが、それは童謡や合唱曲ばかり昔は聴いていたり、歌っていたりしたからだと思いますね。クラシックピアノをやってきたので、そこからの影響もありますし。「ドビュッシーってポップスっぽいよね」と人に聞いて「そうか、そういう聴き方もあるのか」とか思ったこともありました。

ーーアルバムの最後に収録された「悲しい歌がある理由」は、ヒグチさんがSNSでエゴサーチをしているときに見つけた書き込みにインスパイアされて書いた曲だそうですね。

ヒグチ:「ヒグチアイの曲は悲しくなるから聴きたくない」というツイートを読んでから、「なぜ私は悲しい歌を書いてしまうんだろう」と考えたことが最初のモチベーションでした。私は何か嫌なことがあったときに、しばらくしてから何をされたのか思い出すようにしているんですよ。でもいっぺんに思い出すと怖いから(笑)、ちょっとずつ思い出しては「あ、今日はここまでにしておこう」みたいなことを繰り返していて。そうやって悲しかったことを、自分が大丈夫になるまで思い出すことは大事だと思うんです。完全に蓋をしてしまうと腐りそうな気がする。

ーーなるほど。ちょっとセラピーっぽい感じもしますね。

ヒグチ:あははは、そうなんですかね。みんな、こういうことをやってないのかな。私はとっても忘れっぽいので、嫌なこととかも、思い出そうとしなければ忘れてしまうと思うんだけど、忘れてしまったらもっと怖いというか。思い出せないのに、自分の自信がなくなってしまったり、傷ついている部分が治せなくなったりしてしまうと思うんですよね。それよりも一度思い出して「嫌だったな」と思うことが、すごく大事なのかなと思っています。

ーー確かにそうですね。原因すら分からないまま自信を喪失してしまうのはとても怖い。たとえ辛くても、ちゃんと向き合い相対化するプロセスは大事なことかもしれないですね。

ヒグチ:ゆがんでしまった後では、元どおりに戻すまですごく時間がかかる気がします。思い出せるうちに思い出した方がいいことってありますよね。

ーー本作を携えて、今年は3月に東京と大阪でバンドセットのライブが、4月からは全国を回る弾き語りツアーがあるそうですね。

ヒグチ:バンドセットはめちゃくちゃ久しぶりなので楽しみですね。ちょっとご褒美みたいな感じ。人と一緒に音を合わせる喜びもあるし、ずっと一人で頑張らなくてもすむと思うと、心からライブを楽しめるので(笑)。そういう意味では弾き語りの方が緊張する……ちょっと腰が重いですね(笑)。

ーー(笑)。

ヒグチ:今のところ9カ所発表されていますが、今後また増える予定なんですよ。これだけたくさんやったら気持ちも変わるかもしれないし、修行しにいく感覚で行ってきます。

ヒグチアイ(写真=池村隆司)

■配信情報
『最悪最愛』リリース記念~アルバム全曲試聴会+MINI LIVE生配信
2022年3月2日(水)20:54頃~
YouTube Live / Facebook Liveにて生配信
YouTube:https://youtu.be/9X3i1gyi3H4
Facebook :https://www.facebook.com/AiHiguchiOfficial

■リリース情報
4thアルバム『最悪最愛』
2022年3月2日(水)発売
初回限定盤(CD+DVD)PCCA-06116/4,950円(税込)
通常盤(CD Only)PCCA-06117/3,300円(税込)
【初回生産限定仕様】※初回限定盤のみ
描き下ろしイラスト巻き帯仕様(作画:MAPPA)
【初回・通常共通】短編小説「最悪最愛」収録
【収録内容】
CD
1. やめるなら今
2. 悪魔の子
3. 劇場
4. 縁
5. ハッピーバースデー
6. 距離
7. 悪い女
8. まっさらな大地
9. サボテン
10. 火々
11. 悲しい歌がある理由

DVD※初回限定盤のみ付属
ヒグチアイ 5TH ANIV 独演会 [ 真 感 覚 ]
2021.11.26 atよみうり大手町ホール
1. 悲しい歌がある理由
2. 東京にて
3. mmm
4. やめるなら今
5. 前線
6. 備忘録
7. 劇場
8. 縁
全8曲収録

アルバム購入はこちら

<法人別特典>
音源ランダムDLコード付ポストカード
【TYPE-A】Amazon.co.jp
【TYPE-B】タワーレコードおよびTOWER mini全店、タワーレコード オンライン
【TYPE-C】全国HMV/HMV&BOOKS online
【TYPE-D】楽天ブックス
【TYPE-E】その他法人
DL音源:2021年11月26日(金) 東京・よみうり大手町ホールにて開催『ヒグチアイ 5TH ANIV 独演会 [ 真 感 覚 ]』より「悲しい歌がある理由」「やめるなら今」「劇場」のいずれか1曲

■ワンマンライブ情報
『HIGUCHIAI band one-man live 2022 [ 最悪最愛 ]』
2022年3月11日(金)東京 EX THEATER ROPPONGI
2022年3月27日(日)大阪 umeda TRAD
全席指定:前売 5,500円(税込)+1Drink
チケット一般発売中
e+:https://eplus.jp/higuchiai2022/
ローソンチケット:https://l-tike.com/higuchiai/
チケットぴあ(東京):https://w.pia.jp/t/higuchiai-t /(大阪)https://w.pia.jp/t/higuchiai-o/

■弾き語り全国ツアー
『HIGUCHIAI solo tour 2022 [ 最悪最愛 ]』
2022年4月9日(土)高松 LIVE HOUSE 燦庫 -SANKO-
2022年4月16日(土)広島 Live Juke
2022年4月23日(土)神戸 海辺のポルカ ※SOLD OUT
2022年4月24日(日)福岡 ROOMS
2022年4月28日(木)金沢 もっきりや
2022年4月29日(金・祝)名古屋 BL cafe
2022年5月1日(日)長野 長野市芸術館 アクトスペース
2022年5月6日(金)京都 磔磔
2022年5月8日(日)東京 早稲田奉仕園スコットホール(講堂) ※SOLD OUT
チケット一般発売中
https://eplus.jp/higuchiai-solotour2022/

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