ヒグチアイ、“真感覚”を刺激した5周年記念ワンマン 新曲「劇場」の披露も

ヒグチアイ、5周年独演会レポ

 今年でメジャーデビュー5周年を迎えたシンガーソングライターのヒグチアイが11月26日、東京・よみうり大手町ホールでワンマンライブ『ヒグチアイ 5TH ANIV 独演会 [ 真 感 覚 ]』を開催した。

ヒグチアイ(写真=藤井拓)

 筆者が彼女のライブを観るのは、今年6月に東京・日本橋三井ホールにて行われたTHE CHARM PARKとのツーマン以来。あの時は、新型コロナウイルスの感染防止対策のため人数制限がなされていたが、この日はキャパ500席がほぼ満席。もちろんマスク着用や声出し禁止などが義務付けられてはいたものの、ほぼ1年ぶりとなる彼女のワンマンライブを待ち焦がれたファンの熱気が、開演前から(声を出さずとも)ひしひしと伝わってきた。

ヒグチアイ(写真=藤井拓)

 高知県の山奥にある人口800人の村、馬路の「音」を開場BGMとしてリアルタイムで流す実験的な試みが冒頭からなされ、川のせせらぎがホールを静かに満たすなか、ステージ上にヒグチが現れると大きな拍手が起こる。中央に置かれたグランドピアノの前に座り、青白い照明がいく筋もの帯になって幻想的な空間を作り出すなか、まずは「ココロジェリーフィッシュ」からこの日のライブは幕を開けた。

 続いて「距離」「悲しい歌がある理由」と間髪入れずに繋げていく。どちらも9月から3カ月連続でリリースされている、「働く女性」をテーマに書かれたシングル曲である。〈もしわたしが泣いてても 言わなければ君は気づかない〉〈ほんのちょっとの距離のせいで ふたりはすれ違って 疑うことさえ怖くて〉と、遠距離恋愛ならではの切なさ、やるせなさを歌いつつ、〈見えないから全部知らなくて それでも想い合っていいんだよ〉とその思いを肯定する「距離」は、コロナ禍でステイホームを余儀なくされてきた私たちの、疲弊した心も優しく包み込む。キャロル・キングやジャニス・イアンなど1970年代に活躍した女性シンガーソングライターを彷彿とさせる、シンプルかつアーシーな曲調も印象的だ。

ヒグチアイ(写真=藤井拓)

 一方「悲しい歌がある理由」は、 〈古傷を庇うかさぶた 剥がしてしまう〉ような悲しい歌には、心に残る傷跡を〈優しさ〉に変える力があると訴えかけるメッセージソング。照明をぐっと落とした暗闇のなかで、静かに響き渡るピアノとヒグチの声は、視界を奪われたぶんいつもよりも研ぎ澄まされた聴覚を刺激する。さらに2018年リリースの『日々凛々』に収録されていた、ピアノ弾き語り曲「ぽたり」を続けて披露。曲が進むにつれて少しずつ照明が明るくなっていき、冒頭からの続いていた緊張感もそれに合わせて溶けていく。

 「最初の4曲、およそ30分間をMCなしでやってみました。息の詰まるような30分でしたが、みなさん大丈夫ですか。生きてますか?」とヒグチが冗談めかして声をかけると、客席からは笑い声とともにようやく安堵の拍手が巻き起こった。「何かの本に書いてあったんですけど、『五感を入れ替えると脳が刺激される』らしくて。例えば今、会場に何かしらの匂いがすると思うのですが、それを音に置き換えたらどうなるんだろう? とか。見たものを見たまま自分の言葉にするのではなく、頭の中で変換してみる。そんなことを意識しながらライブが出来たら、きっと面白いんじゃないかなと思いました」と、今回のツアータイトル「真 感 覚」の由来を明かした。

ヒグチアイ(写真=藤井拓)

 続く「縁」は、ドラマ『生きるとか死ぬとか父親とか』のエンディングテーマとして書き下ろされたカントリー調1曲。この日は観客にシェイカーやベル、しゃもじなど「音の鳴るもの」を自宅から持ち寄ってもらい、ヒグチが鳴らすリズムボックスに合わせて全員で鳴らすという試みがなされた。続く「かぞえうた」でも、リズムボックスのシャッフルビートに合わせて手拍子をするなど、声を出せない代わりにボディランゲージで気持ちを伝える心憎い演出によって、会場は温かくも親密な一体感に包まれた。

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