『最悪最愛』インタビュー
ヒグチアイ、“矛盾”を受け入れるという生き方 当たり前を疑うことの大切さも語る
シンガーソングライターのヒグチアイが、通算4枚目のオリジナルアルバム『最悪最愛』をリリースした。
自身初のベストアルバム『樋口愛』を経てリリースされた、前作『一声讃歌』からおよそ2年半ぶりとなる本作は、昨年「働く女性」をテーマに3カ月連続でリリースされた配信シングルをはじめ、ドラマ『生きるとか死ぬとか父親とか』のエンディングテーマに起用された「縁」や、現在世界的大ヒットを記録しているアニメ『「進撃の巨人」The Final Season Part2』(NHK総合)のエンディングテーマ「悪魔の子」などを収録。タイトル通り、心の中の相反する感情を否定せずに、丸ごと抱え込みながら生きていくことの大切さを歌う楽曲が並んでいる。
『進撃の巨人』をきっかけに、かつてないほど注目を浴びながらも常にマイペースでブレない姿勢を貫き通すヒグチ。そんな彼女にアルバム制作中のエピソードはもちろん、変化しつつあるソングライティングのプロセスや、もうすぐ始まるバンドセットと弾き語り、それぞれのライブに対する意気込みなどじっくりと話してもらった。(黒田隆憲)
「知らないでいること」「知らずに信じていること」はとても罪深い
ーーまずはTVアニメ『進撃の巨人』The Final Season Part2 のエンディングテーマに起用された「悪魔の子」について聞かせてください。すでに世界中のランキングを席巻するものすごいヒットを記録していますね。ファンのコメントを見ると、歴代の『進撃の巨人』エンディングテーマ最高傑作という声が多数上がっています。
ヒグチ:『進撃の巨人』という作品が、世界中でこんなに愛されていることを実感しましたね。思っていた何倍も、何百倍もみんな好きだし新シリーズを待ち焦がれていたんだなと。作っている時ももちろんプレッシャーはありましたが、ここまでの人気だと認識していたらもっと大変だっただろうなと(笑)。アニメのテーマソングでTVサイズの90秒というフォーマットの中で、どれだけ楽しんでもらうかということを考えるのも楽しかったですしね。「隙間を生かす」というよりは、目まぐるしく展開していったり、メロディの綺麗さを際立たせたり。しかも歌ってみたくなるような曲にしようと、いつもとは違う頭の使い方をしながら作っていきました。
ーーとはいえ、これまでのヒグチさんの作風からかけ離れているわけでは決してなくて。ヒグチさんらしさもしっかり感じられます。
ヒグチ:そうおっしゃっていただけてホッとしました(笑)。タイアップの場合は、お題がある中で自分をどう出していくかを考えるのも楽しいんですよね。ドラマ『生きるとか死ぬとか父親とか』のエンディングテーマとして書き下ろした「縁」もそうですが、意外とこういう曲の書き方は自分に合っているかもしれないと、気づけたのもよかったです。
ーー『進撃の巨人』はオファーが来る前から愛読していたそうですね。
ヒグチ:読み始めた当初は、巨人と格闘するアクションコミックなのかなと思っていたのですが、実は人間ドラマなんだと気づいた頃にはその世界観に引きずり込まれていました。架空の設定でありながら、私たちのいるこの世界と地続きであるというか。
ーー「悪魔の子」の歌詞も、そういったことをテーマにしていますよね。壁の向こうの巨人という「圧倒的な他者」に対してどう向き合うのか、あるいは自分の中の「正義」や「常識」が通じない相手と対峙しているうちに、湧き上がってくる自分の中の「悪魔」とどう対峙していくのか? という。それはまさにコロナ禍で顕在化した人々の対立や分断ともリンクしていると感じました。
ヒグチ:私が思ったのは、「知らないでいること」「知らずに信じていること」は、とても罪深いということです。まずは「知る努力」を絶えずすべきだと思うんですよ。例えば子供の頃に教わったことって、それを絶対的に正しいと思い込んでしまいがちですが、果たしてそれは本当に正しいのか、常に疑っていかなければいけないことを感じてほしくて。それはこの「悪魔の子」だけでなく、他の曲にも共通しているテーマなのかなと思います。例えば、「結婚が人生のゴール」という決まり文句もそう。全て「本当にそうなのかな?」と一度疑ってみることが大事だと私は思っているので、そういう意味では歌うテーマも一貫している気がしますね。
ーー誰しも最初に教わることというのは、親でも教師でも国でも、その「教える側」のフィルターがかかったものを教わっているわけですから、自分が成長していく中で「果たして正しいのか?」と一度は検証する必要がありますよね。
ヒグチ:おっしゃるとおりです。教科書に書いてある、例えば歴史上の事実とされていたことですら「実はこうでした」と後から覆っていることってあるじゃないですか。でもそれを「あの時に教えてくれた先生」が訂正してくれるわけじゃないから(笑)、自分でちゃんと探してアップデートしなきゃいけない。それができる人間でありたいと思っているんですけど、知っているつもりでいたものが違っていたと気づくことってすごく難しい。
ーー知らなかった知識を増やすことより、知ったつもりでいた知識をアップデートさせることの方がはるかに難しいと僕も思います。そのことをコロナ期間中に再認識しました。
ヒグチ:大人になると、正しいと信じていたこととか、「この人と分かり合えている」と思っていたこととかが、実はそうじゃないってみんな気づくんですよね。分かり合えない他者と、この先どうやって暮らしていくのか……そこで拒絶するのではなく「分かり合えないこと」すら受け入れるというか、前向きに諦めることも必要なんだなって。もちろん、「それはできない」と気づいて、手放すことを決意した人もいるでしょうしね。
ーーそんな「悪魔の子」が収録されたニューアルバム『最悪最愛』が完成しました。今回はどんなことをテーマにしていますか?
ヒグチ:アルバムを作っている間、ずっと頭の中にあったのは「矛盾」という言葉でした。自分が音楽を始めた10代の終わりから20代前半くらいの頃は、矛盾しているものが嫌いだったんです。やりたいことがあるのに、やりたくないことをやらなきゃならないのとかすごく苦手で。そういう「矛盾」をなんとか打ち消そう、ちゃんと白黒はっきりさせて答えを出そうと思ってばかりいたんですよね。
そこから歳を重ねていって、矛盾してしまうのはもう、どうしようもないから受け入れるしかないと思うようになって。答えを出さなくてもいいだろうと思うようになったのが20代後半だったんですけど、30代に入ってからは、「矛盾していることこそ人間なのでは?」と。「好き」か「嫌い」かの二択ではなくて、「好き」も「嫌い」もどっちも100ずつ持っていていいんじゃないかと思うようになって。なのでアルバムタイトルも、矛盾した二つの言葉を並べているんです。
ーー「好き」と「嫌い」のグラデーションどころか、「好き」も「嫌い」もリミッターが振り切れたまま共存している状態ですね(笑)。
ヒグチ:歳を重ねると、新しい人と出会っていくよりも、もともと知っている人との関係が深くなっていくことが多いですよね。そうすると、その相手のこと「好きだな」という気持ちと同時に、「ここは本当に嫌だな」と思うところも増えていくじゃないですか(笑)。
だからといって、その相手を切り捨てるのではなくて、好きも嫌いも両方あって、それでも関係を続けていくことが大事だし、そう思えるような人間になっていけているなと最近は思っていて。極端になったからこそ、相手のことを好きでいられるし一緒にいられるという、自分の中の「矛盾」に気づけたのかなと。それが大人ということだとしたら、私もやっと大人になれたのかもしれないですね(笑)。
ーー人の長所と短所は表裏一体だから、相手のダメなところも愛せれば一緒にいる意味はありますよね。とはいえ無理をしてまで相手に合わせる必要もないし、難しいところですね。
ヒグチ:本当にそうなんですよ。親に関しては、育ててもらった恩も感じているし多少の「嫌い」は受け入れられるけど、友達の場合は難しいですね……友達の作り方を教えて欲しいです(笑)。
ーーあははは。
ヒグチ:今はコロナ禍で会える人も限られているし、それでも関係が続いている人って、ものすごく「密」に仲良くなるというよりも、適度な距離感を取りつつそばにい続けられる関係性が多い気がします。「この人にならなんでも話せる」みたいな関係性というよりは、「この人にはこの話を、あの人にはあの話をしよう」と分けているところがあるかもしれない。「親友といえばこの人!」みたいに顔が浮かんでくる人がいなくても、バランスは取れているのかも。