ペンタトニックスとLittle Glee Monster、距離や言語を超えた交流の歴史 二度目のコラボへと繋がる相思相愛な関係

ペンタトニックス、リトグリとの交流の歴史

 ペンタトニックスの新作アルバム『ラッキー・ワンズ【ジャパン・デラックス・エディション】』が9月15日にリリース。同作にはLittle Glee Monsterとのコラボ曲「ミッドナイト・イン・トーキョー feat. Little Glee Monster」が収録され、話題を集めている。ペンタトニックスとLittle Glee Monster(以下、リトグリ)がコラボ楽曲を制作するのは、昨年11月に発表されたLittle Glee Monster名義による「Dear My Friend feat. Pentatonix」以来二度目。しかし、2組の交流の歴史を紐解くと、その始まりは7年前にまでさかのぼることになる。

 ペンタトニックスは2014年8月の初来日以来、これまで計9回も来日しており、日本向けの作品にPerfume楽曲のメドレーや山下達郎「クリスマス・イブ」、Official髭男dism「Pretender」などJ-POPカバーも提供するほどの親日家。今回のコラボ曲も、愛する「日本=東京」のことを想い制作し、実際に訪れたことのある渋谷や原宿などの地名を歌詞に取り入れたほか、リトグリだけでなくペンタトニックスまでもが日本語で歌うパートが用意されている。

 ペンタトニックスがリトグリと出会ったのも、2014年の初来日時のことだ。『SUMMER SONIC』出演のために始めて日本を訪れたペンタトニックスは、この来日時にラゾーナ川崎でもライブを行っている。当時のリトグリはメジャーデビュー直前というタイミングで、メンバーのかれんは当時のことを「ラゾーナ川崎でペンタトニックスがリリースイベントをされていて、そのときに(リトグリのオリジナル曲)『HARMONY』も一緒に歌わせてもらったんです」と振り返っている(※1)。

 2組はそれ以降も親交を深めていく。先のかれんの発言は、昨年末のシングル『Dear My Friend feat. Pentatonix』リリース時のものだが、同インタビューではその後の交流についてもmanakaが「それから何度かお会いしましたが、いつも『覚えてもらえているかな?』って不安になりながら、恐る恐る『Hi〜』みたいな感じで挨拶してました(笑)。でも、めちゃめちゃ覚えてくださっていて、ラゾーナで初めて会った日から皆さん一切変わらずいつも優しくて」、芹奈は「自分たちの中では、ラゾーナだけの思い出だと思っていたんですよ。そうしたらある番組で『好きな日本のアーティストは?』って質問されたときに、私たちの名前を挙げてくれていて。『ああ、あのときだけの仲じゃなかったんだ。自分たちももっと大好きってペンタトニックスのみんなに伝えていいんだ!』って。片思いじゃなくてよかったなと思いました」と、それぞれ口にしている。

Little Glee Monster 『Dear My Friend feat.Pentatonix』Music Video

 海外アーティストが遠く離れた東洋の地で知り合った少女たちに対して発した、単なるリップサービスと受け取ることもできるかもしれない。しかし、ペンタトニックスは当時メンバー全員が10代前半〜半ばというローティーンで構成された日本のボーカルグループに対して、シンパシーを感じたのではないだろうか。なぜなら、ペンタトニックスもかつて、高校生の頃に米アカペラ・オーディション番組『The Sing-Off』に出演するためにグループを結成しているのだから。そんな2組の思いが通じ合った結果が、出会いから6〜7年を経て二度もコラボ楽曲を制作したことにつながったのは、想像に難しくない。

 2組の共演は、両者にとって間違いなくその後の活動に良い作用をもたらしたはずだ。先のインタビューで、リトグリのMAYUは「(ペンタトニックス)と交流を持たせてもらう前から動画をよく観ていたし、グループとして目標のアーティストとしても名前も挙げさせていただいていました」と、出会う前からリスペクトの対象として意識していたそうだが、実際にペンタトニックスの凄みをダイレクトに感じてからは、その思いはさらに強いものになったことだろう。なぜなら、海外の音楽シーンでもアカペラを軸に第一線で活躍するアーティスト/グループは、そう多くないからだ。

 ペンタトニックスはBillboard 200(全米アルバムチャート)のTOP10に多くの作品を送り込む孤高の存在でもあるが、日本向けに数々のスペシャルトラック(先に挙げたようなJ-POPカバー)も提供し続けてくれている。それは、単に日本のことが大好きだからというだけではなく、「リトグリがいる日本でなら、我々のアカペラもちゃんと理解してくれるのでは?」という思いも少なからず存在するのではないだろうか。また、単に日本への一方的な思いだけでなく、J-POPまでをも自らに取り込んで、アメリカだけでの活動ではなし得なかった個性を確立させた、そのきっかけのひとつがリトグリの存在だった、というのは言い過ぎだろうか。筆者の目には、それほどまでに互いの活躍が与える刺激は大きかったのではないかと想像する。

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