連載「Signal to Real Noise」第九回:にしな
にしなが明かす、曲を書き歌う理由 デビューから「東京マーブル」までの歩みから見えた“変わらない部分”
Spotifyが注目する次世代アーティストサポートプログラム『Early Noise』。2021年を迎え、世界3億人以上の音楽リスナーに世界各地の多様な新進アーティストをピックアップし紹介するグローバルプログラム「RADAR」との連携を強化したことを受け、『RADAR:Early Noise』と名称が変更された。
リアルサウンドでは、『Early Noise』から継続する形で『RADAR:Early Noise』とコラボした連載企画「Signal to Real Noise」を展開。プレイリストでピックアップされた“才能の原石”たちへ、手練の音楽評論家がその音楽遍歴や制作手法などについて取材する。
今回は、小川智宏氏によるにしなへのインタビューをお届けする。(編集部)
第一回:福岡から世界へ、Attractionsが考える“アジアで通用するということ”
第二回:Newspeakが語る“リバプールと日本の違い”
第三回:CIRRRCLEに聞く、国やバックグラウンドを超えた音楽作り
第四回:Mega Shinnosukeに聞く、“何でも聴ける時代”のセンスとスタイルの磨き方
第五回:世界を見たShurkn Papに聞く、地元から発信し続ける理由
第六回:竹内アンナに聞く“独特のハイブリッド感”の原点
第七回:海外公演も成功、気鋭の3ピースバンド TAWINGSインタビュー
第八回:Doulが世界に向けて発信する10代のメッセージ
「ヘビースモーク」をはじめとする弾き語り動画がYouTubeでヒット、その歌詞の世界と歌声に注目が集まり、今年4月7日にメジャー1stアルバム『odds and ends』をリリースした新人アーティスト、にしな。彼女はなぜ曲を書き歌うのか。その根源に迫ってみた。(小川智宏)
一番のモチベーションは「歌いたい」
ーー6月25日のZepp Tokyoでの初ワンマンライブ『hatsu』を拝見しました。素晴らしいライブでしたが、ご自身ではどうでしたか?
にしな:素直に「できることは一生懸命やった」っていうのはあるんですけど、その中ですべてが出し切れたかと言われたら、やっぱりそうではないなっていう気持ちもあって。もっといいライブがしたいっていう思いも生まれた公演でした。
ーーライブするのは好きですか?
にしな:好きな方だと思います。ステージに立つギリギリまでは緊張感でうわってなるんですけど、ライブが終わって振り返ると「やっぱりまたライブがしたい」ってすごく思いますね。
ーーライブを観て、音源とライブとではにしなさんの歌の響き方が違うなと感じたんです。音源だと、ある種独り言のような感じなんですけど、ライブになるとその飛距離がぐんと伸びる感じがして。ご自身の歌、声についてはどういうふうに捉えているんですか?
にしな:(歌や声が)特別だとは思っていなくて。純粋にもっとうまくなりたいし、もっといい歌が歌えるようになりたいとは常に思います。それは技術的な部分でピッチを外さないとか、毎回一定のクオリティを届けられるようになるというのももちろんですけど、そこを超えて、感情的に歌っても気持ちよく歌えるというか、受け取る人にとってすっと入ってくるような歌を歌えるようになりたいと思っています。
ーーSpotifyの『RADAR:Early Noise 2021』に選ばれたことについてはどういうふうに感じました?
にしな:「ありがたい」っていう思いが一番大きいです。でも、そこから何かプレッシャーを感じるみたいなことはなくて。純粋に自分ができることをやっていけたら、こうして選んでいただいたことが活きていくと思っています。
ーーSpotifyを通して、にしなさんの音楽に触れるリスナーが世界中に広がっていく可能性もあるわけですよね。にしなさんは曲を作り歌ってきたなかで、そうやって自分の歌が世界に届いていくイメージというのは持っていました?
にしな:正直、今まではしてなかったんです。でも、最近より洋楽を聴くようになってBTS含めいろいろなアーティストにハマったりしてるんですけど、韓国のアーティストで初めてビルボード1位になった姿を見て、枠組みにとらわれすぎず、色々なところへ飛んでいけたらいいなって思うようにはなりましたね。
ーー今まではどこに自分の音楽が届いたらいいと思っていたんですか?
にしな:日本を含めてどこの国へ届けたいかというのはあまり考えていなかったです。自分から自分以外へ、とにかく自分の中にあるものを外に出すっていうイメージが強かったです。
ーーにしなさんが音楽を本格的に始めたきっかけは、高校生の時に参加したレコード会社の音楽養成講座だったそうですね。講座に応募した理由はなんだったんですか?
にしな:それまでも音楽をやりたいっていう気持ちはずっとあったんですけど、きっかけもないし、人にあまり言うタイプではなくて。でも友人がそのレッスンのオーディションを受けていたみたいで、SNSで「こういうのがあるよ」みたいなツイートをしていたんです。それを見た時に、落ちても別に誰にもバレないし、ちょっとやってみようと思ったのが最初でした。
ーー音楽をやりたいということはいつ頃から思っていたんですか?
にしな:小学生の頃から歌うことが好きだし、かっこいいなと思っていました。コブクロさんの歌を聴いたのが最初だったと思います。声がすごく好きで、魅力的ですよね。
ーー将来の夢として「歌いたい」というような思いを持っていたんですか?
にしな:卒業文集とかに、友達が「歌手になる」と書いていて「いいな」とは思っていたんですけど、私は書けなかったんですよね、恥ずかしくて。
ーーではなんて書いたんですか?
にしな:「フォトグラファー」って(笑)。確か写真は褒められたことがあったんですよ。でも歌は褒められたことがなくて。そういうちょっとしたことだと思うんですけどね。
ーーじゃあ、いきなり講座に入るってなったら周りは驚いたんじゃないですか。
にしな:だから内密にやりました。誰にも言わずに(笑)。
ーーその講座を受けて、どんなことを感じましたか?
にしな:周りの同年代の子たちが、恥ずかしがらずに歌を歌っていることだったり、やりたいことをやってみる姿勢だったり、それが自分にとっては一番の刺激になったと思います。
ーー曲を書き始めたのもその講座がきっかけ?
にしな:そうです。曲を書くことに対しては難しいと思う気持ちと、楽しいなと思う気持ちがあったような気がします。元々自分が思っていることをすぐに口には出さないタイプだったので、気持ちを表現できる場所を見つけたというか、開放的だったんです。そこが私にとって音楽を作る楽しさでした。
ーーでも、「フォトグラファー」と卒業文章に書いていたということは、何かしら表現をしたいという気持ちはあったっていうことなんですかね?
にしな:そうですね……「表現をしたい」という気持ちかはわからないですけど、何かを作ることは好きでした。学校の授業でも何でも、触ってものを作るとか、考えて作るということが好きでしたね。
ーーそれは一人でやるのが好きだった?
にしな:考えたことはなかったですけど、でも確かに振り返ってみると一人でやっていた気がします。それは今もそうですね。曲を作る時も、聴いてくださる方を意識する瞬間ももちろんあるんですけど、それ以上に自分と向き合ってる気がします。
ーー曲が生まれるのはどういう時が多いですか?
にしな:感情の中だったら、怒りか寂しさが一番多い気がします。何かを体験した時に伝えられなかった部分を曲にすることもありますね。
ーーアルバム『odds and ends』を聴くと、その音楽性の幅広さに驚きます。でも、そこに込められた心情や描きたい風景については変わらない部分がすごくあるようにも感じて。
にしな:素直に言うと、自分自身の中で変わらない部分がどういうものなのかわからない瞬間があって、不安になることもあるんです。だから「変わらない部分がある」と言っていただけるとすごく嬉しいです。
ーーでも、曲を作る瞬間の原風景のようなものは変わらないですよね。
にしな:そうですね。部屋で一人、ギターを持って鳴らして、曲の破片を作っていく。それは変わらないです。
ーーその原風景がすごくどの曲にも見えるなと、曲を聴いていると思うんですよね。先ほど曲が生まれやすいのは怒りや寂しさを感じる時と言っていましたが、そのひとりぼっちの風景みたいなものがずっと息づいてる人だなと。ちなみにカルチャーの中で、これが好きだったなというものはありますか?
にしな:『スポンジ・ボブ』がすごく好きでした。それとピクサー映画も好きで。あとは運動がすごく好きでした。そう見えないって言われるんですけど、小学校の時は水泳をやっていて、中学校ではテニス、高校はバドミントンをやっていました。なので活発な子でしたね。あとはその時々でちょっと変なものにハマったりします。バルーンアートにハマってみたり。
ーーバルーンアート? 自分で作るんですか。
にしな:そうです。最近はアクセサリーとかを作るのが好きです。同世代の子にも多い気がするんですけど、粘土でアクセサリーを作ってみたり。
ーーやっぱりものを作るのが好きなんですね。
にしな:好きですね。作ったり動いたりするのが。
ーーそれってすごく人間的な欲求ですよね。体を動かしたい、物を作りたいというのは。
にしな:そうですね。曲を作ることにもちょっと通じているかもしれない。
ーーにしなさんの曲は歌詞もすごく切れ味があるというか、言葉のセンスが鋭敏だなと思うんです。言葉に対する意識はどうですか?
にしな:性格的に少しのニュアンスの違いとかがすごく気になっちゃうタイプなんです。こだわりすぎると、結構作ることに対して億劫になっていったりするのですが、こだわりが強い方なんだろうなっていうのは最近自覚してます。
ーー細かいニュアンスだらけですよね。「ここの一音を何の言葉にするのか」ということにものすごくこだわっているのが伝わってきます。歌詞を書くのに時間はかかりますか?
にしな:かかります。特にメロディができて、後から歌詞をつける場合はすごく。メロディと歌詞が同時に生まれる時が一番スムーズなんですけど。サビはそのパターンで作ることが多いですね。
ーー曲を作る時って、もちろんメロディとコードと歌詞があると思うんですが、サウンドデザインみたいなところもイメージしているんですか?
にしな:いや、していない曲の方が多い気がします。曲ができあがって、どんな音がというよりも景色的なイメージ、感覚的な部分をプロデューサーさんやアレンジャーさんに伝える、そこから一緒に作り上げていくことが多いです。そうやって作業していくなかで、自分にはない部分を広げてもらった感覚がありますし、色々と気づくこともありましたね。
ーー歌詞を書く時、想像から書いていくことと、何か出来事があって、それをきっかけに生まれてくることが、どちらが多いですか?
にしな:どちらもあるんですけど、軸としては自分の感情があって、そこに想像を付け足していくパターンが多いような気がします。
ーーたしかにファンタジーな部分、ちょっと現実と離れているところもあると思うんですけど、同時になぜかリアルに感じられる感覚もあります。そのバランスが不思議なんですよね、にしなさんの歌詞って。
にしな:そうですね。自分としてはリアルな人間の姿が一番の芯にあるような気がしています。
ーーそれはにしなさん自身にすごく近いものですか?
にしな:自分に近いです。自分の気持ちを吐き出しているという部分はやっぱりある気がするので。
ーー曲にすることで自分の中の気持ちが決着する感覚もありますか?
にしな:決着してるなと思ったことはないかもしれないです。だからまた曲を書くんだと思いますね。
ーー歌詞に込める感情って、曲を書き始めた頃と比べて変わってきましたか?
にしな:曲を作り始めた頃はもっと内向的というか、自分自身を見つめるようなところが今以上に多かったと思います。でも、ある時から、他の人に対する気持ちも書くようになったと思います。それは書き始めてから2〜3年経ってからですかね。自分ばかり見ていてもしょうがないと思ったのかもしれないです。実際もっと暗かったと思います、当時書いていた曲は(笑)。そういう曲ができちゃうんですよね。きっと元からちょっと悲しい曲が好きなんだと思います。
ーー世の中に出たにしなさんの曲は、色々な人がそこに共感して広がっているわけですが、そうやって共感されることを求めたり、「自分の気持ちをわかってほしい」という思いはありましたか?
にしな:「わかってほしい」という気持ちはなかったかもしれないです。共感したと言っていただくのはすごく嬉しいんですけど、制作段階で「わかってほしい」とは思わないかもしれないですね。
ーーでは、にしなさんが音楽をやる一番のモチベーションってなんでしょう?
にしな:「歌いたい」が多分一番です。聴いていただけるんだったら聴いてもらいたいですし、でも好きじゃなかったら別にそれはそれでいいと思っています。そういう性格なのかも知れませんが(笑)。