Sano ibukiはなぜ“君と僕”の存在を強く肯定するのか? 私小説を綴るように露わになった“生と死を見つめる眼差し”

Sano ibuki、互いの存在を肯定する理由

 要するに、“ファンタジーから私小説へ”と曲の体裁が大きく変わったのは事実だが、それによって作風やメッセージ性が大きく変わったわけではなく、Sano個人の思想・考えがより濃い状態で表出するようになったのだーーということを言いたい。

 では、何が浮き彫りになったのか。死生観だ。もちろん全部が全部、生や死を扱った曲ではないと思うが、このアルバムには別れを歌った曲が多い。“忘れる”をはじめとした記憶にまつわる言葉が頻出するのも特徴的で、

・いつまでも一緒にいることはできない
・そんななか、あなたがいなくなってしまったとしても、拭っても消えない傷のように、自分の中に“記憶”は残る
・しかしその“記憶”さえも失ってしまう日がやがて来る
・それでも僕らは生きていく

 といった価値観が通奏低音となっている(特に「おまじない」からは、“誰かが生まれた日は誰が死んだ日でもある”的な哲学、輪廻転生を信じる気持ちが読み取れる)。

 「人が本当に死ぬのは、肉体が終わりを迎えたときではない。誰からも忘れられてしまったときだ」とよく言うが、そうであれば、“死”の対義語は存在の肯定だ。だからこそ、“君と僕”を力強く肯定する、あれだけ明るい曲を1曲目に持ってくる必要があったのではないだろうか。『BREATH』のアートワークに写っている椅子は、アンティークの椅子にSanoが自らペイントを施したものとのこと。使い古され、用済みとされ、世界から忘れ去られてしまう運命にあったとしても、誰かに見つけられさえすれば、息を吹き返すことができる。それはモノだけではなく、人だって一緒。さらに言うと、「例えば曲を聴いた人に『自分が歩く散歩道をイメージした』とか、『何気ない瞬間にリンクした』と言われることがすごくうれしくて」(※3)と語る人物だけに、自分の曲を聴いてくれる人の存在によって音楽がまた命を得るような感覚もあるのかもしれない。

 人と人とが物理的に触れ合うことがはばかられる世の中になってからもう1年半近く経つが、個人と個人、思想と思想が断絶しがちなこの社会において、互いに存在を肯定し合う行為は、大げさではなく“今日も生きられる理由”になり得る。Sano ibukiが『BREATH』に託した想いはあまりに切実だ。

Sano ibuki『ムーンレイカー 』Official Music Video
Sano ibuki『紙飛行機』Official Music Video

※1:https://natalie.mu/music/pp/sanoibuki
※2:https://www.cinra.net/interview/201911-sanoibuki_yjmdc
※3:https://note.hiroba.tokyo/n/n536582dc1ec5

■蜂須賀ちなみ
1992年生まれ。横浜市出身。学生時代に「音楽と人」へ寄稿したことをきっかけに、フリーランスのライターとして活動を開始。「リアルサウンド」「ROCKIN’ON JAPAN」「Skream!」「SPICE」などで執筆中。

Sano ibuki『BREATH』

■リリース情報
Sano ibuki 2nd Full Album『BREATH』
2021年7月7日(水)発売 ¥3,300(税込)
・初回仕様(ボーナストラック3曲収録/スリーブケース仕様)
・通常仕様
配信はこちら

【収録曲】
1. Genius
2. ムーンレイカー
3. ジャイアントキリング
4. pinky swear
5. lavender
6. あのね
7. おまじない
8. 伽藍堂
9. スピリット(BREATH ver.)
10. emerald city(BREATH ver.)
11. 紙⾶⾏機
12. マルボロ
13. ムーンレイカー (ぼっちver.)
14. あのね (ぼっちver.)
15. プラチナ (ぼっちver.)
※M13〜15は初回仕様CDのみ収録「ぼっちtracks」

■関連リンク
Official HP:https://www.sanoibuki.com/
UNIVERSAL MUSIC JAPAN Official site:https://www.universal-music.co.jp/sano-ibuki/

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