梅田サイファー、最新作『ビッグジャンボジェット』リリースに至るまで “スキルへの貪欲さ”が結束に

梅田サイファー『ビッグジャンボジェット』レビュー

 梅田サイファーがニューアルバム『ビッグジャンボジェット』をリリースした。

 特に2019年1月リリースの「マジでハイ」以降、その注目度を高めている梅田サイファー。もともとは梅田駅に架かる歩道橋で開かれていたサイファー(不特定多数の人間が集まり、輪になってラップセッションをする行為)が母体になったこの集団は、その成り立ちからも分かる通り、ラップをしたい自由な個々人が、自由に出入りし、自由にラップする構造となっている。ゆえに上記でも「集団」と書いたように、「グループ」として始まったわけではない。

 そのサイファーの輪は、2007年5月、韻踏合組合が主催する大阪を代表するヒップホップイベント『ENTER』で出会った萬(よろず)、あきらめん、ふぁんくの3人によって、毎週土曜の夜にスタート。mixiやモバゲーなどのSNSを介してその存在を知ったKZやpeko、KOPERUなどが参加し、そのサークルの規模は大きくなっていく。同時に、上記の『ENTER』でふぁんくやペッペBOMBが好成績を収め、その話を聞きつけたR-指定なども梅田サイファーに合流した。

 そして2009年にKOPERUが『B-BOY PARK 2009 UNDER 20 MC BATTLE』で優勝、R-指定も2010年に日本屈指のMCバトルイベントである『ULTIMATE MC BATTLE』の大阪予選を勝ち上がり全国本戦に出場。そこから5年連続で大阪代表となり、2012年から14年までは3連続全国優勝を果たし、一躍その名前を全国に轟かせることになった。その他のメンバーも数々のバトルで名を揚げることで梅田サイファーの強さを「実力」で見せつけ、常勝軍団として大阪シーンでは確固たる存在となった。

 筆者が彼らにインタビューやトークイベントで接するなかで見聞きした言葉の端々や、作品から特徴的に感じるのは、その「スキルへの貪欲さ」だ。そしてそれこそが「グループ」ではない彼らを結束させる紐帯となっているだろう。

 「梅田サイファーのリリース作品」に参加するラッパーたちを中心メンバーとするならば(不特定多数が集まるゆえに、梅田サイファー自体に参加したメンバーは膨大な数に上り、その総数は誰も把握していないため)、彼らはいわゆる「ストリート的な存在性」は決して高くはない。むしろ、そういったハードさや不良性感度が自分たちには欠けていることを自覚している。しかし、そういった「自分たちにないもの」を殊更に否定や揶揄したり、無視したりはしないし、むしろそういった世界に対する憧憬や、生まれるラップに対しての魅力をしっかり感じている。

 ハードな人生経験や特殊なエピソードといったバックボーンが、ヒップホップにおいては重視される部分も少なくない。しかし梅田サイファーは、そういった属人的な物語性よりも、サイファーを通したラップスキルの蓄積や、バトルへの出場による経験値、そして先人の作品のリリックやライミング、フロウといった「ラップの構造分析」を通して、ラップの技を鍛え上げていく。つまり彼らは「ラップスキル」という、「努力によって獲得できるもの」を磨き上げることで、シーンとの接続を試みる。それはバトルへの参加がそうであっただろうし、そのスキルを落とし込んだ梅田サイファー名義やソロやユニットでの作品群となろうだろう。そしてそのひとつの結実と意思表明は、R-指定が参加し、いみじくも〈テクで来た〉と自ら結句させたAK-69「Speedin’ feat. MC TYSON, SWAY, R-指定」からも感じられる。しかし、上記で「接続」と書いたように、決してシーンとの「同調」や「同化」を求めていないことも興味深い。

AK-69 - 「Speedin' feat. MC TYSON, SWAY, R-指定」(Official Video)

 作品に話を移せば、梅田サイファーとしては2013年に『SEE YA AT THE FOOTBRIDGE』、2016年に『UCDFBR sampler Vol.2』と2枚のコンピレーションをリリース。そしてR-指定がMCを務めるCreepy Nutsの活躍と期を合わせるように、2019年には「マジでハイ」を収録したアルバム『Never Get Old』をリリース。特に「マジでハイ」にはプロデュースにLIBRO、MV監督にISSEIを迎え、梅田サイファー内での家内制手工業的な制作論から、より拓けた地平に身を置く意思を作品で証明したといってもいいだろう。そして続く「トラボルタカスタム」にはBACHLOGICをプロデュースに迎え、「HEADSHOT」にALI-KICK、「Kenny's Boot Camp」にDJ Mitsu The Beats(GAGLE)を招聘するなど、「外側の視点」との積極的な接触を図っていく。

R-指定, KZ, peko, ふぁんく, KOPERU, KBD, KennyDoes - マジでハイ(prod. LIBRO) (Official Music Video)
KennyDoes, ふぁんく, KZ, KBD, テークエム, KOPERU, peko, R-指定 / トラボルタカスタム ft. 鋼田テフロン(prod. BACHLOGIC)

 そしてソロとしてもBACHLOGICがフルプロデュースしたテークエム『XXM』、KennyDoes『セレブレイション』、ふぁんく『Laugh』、KZ『GA-EN』、KBD『PLANET OF KBD』、ILL SWAG GAGA『PEDIGREE』、OSCA『Maserati』、tella『藻愛 -moai-』、KOPERU『modern』、黒衣, peko & KENT『RISE OF』、DJ SPI-K『MARZEL』など、各メンバーの活動もさらに加速。個としての個性もより磨き上げていった。

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