秦 基博、『おちょやん』主題歌最速レビュー 日本の朝に温かく寄り添う「泣き笑いのエピソード」
これは一体どうしたことだろう。私はほんの1週間ほど前に秦 基博に関する記事を書き、リアルサウンドにアップしたばかりなのに、今またこうして秦 基博について語るためキーボードを叩いている。コロナ禍で延期されていたアルバム『コペルニクス』の世界観を表現するツアーがオンラインという形態でひとつの着地を見せた“耳”の根も乾かぬうちに、本日11月30日から主題歌を担当するNHK連続テレビ小説『おちょやん』がスタート。その主題歌である「泣き笑いのエピソード」の最速レビューをお届けしたい。
NHK連続テレビ小説の主題歌を秦が担当すると聞いて、“満を持して”という形容を付けたくなったのは私だけではないだろう。それはこれまで秦が数多くの映画やテレビドラマの主題歌を手掛け、鮮烈な印象を残してきたことに由来する。
その代表格が映画『STAND BY MEドラえもん』における「ひまわりの約束」であるのは言うまでもないが、それ以外にも映画『あん』での「水彩の月」、映画『言の葉の庭』における「言ノ葉」(と大江千里のカバーである「Rain」)、映画『聖の青春』の「終わりのない空」、テレビドラマ『スミカスミレ 45歳若返った女』の「スミレ」、今年の公開作でも映画『ステップ』のラストを飾った「在る」……と枚挙にいとまがない。世にミュージシャン多しと言えど、ここまで映画製作者/ドラマ製作者から愛され、オファーが絶えない人物は決して多くはないだろう。
これだけ多くの製作者が秦の起用を願うのは、彼がストーリーの内容を酌んだ上で、作品に最適な楽曲を書き下ろしてくれるからに他ならない。秦はこうしたオファーを受けたとき、常に作品に寄り添おうとする。物語の中身、空気感、監督の想い、楽曲が置かれた場所、楽曲に求められる役割……そうしたものをすべて踏まえた上で、それらを満たす最適解を提示しようとする。それゆえ秦の楽曲は作品を壊すことがないし、むしろ画竜点睛となって作品を際立たせる効果をたびたび発揮する。自分たちの意図を理解し、自分たちと一緒になって作品づくりに向かってくれる秦の存在は、製作者にとって心強いばかりだろう。
ただ、私が真に舌を巻くのは、製作者のニーズを察知&キャッチして楽曲に落とし込む秦の能力に対してではない。それができるだけでも十分すごいが、彼の目線はもう一段上をいっている。それは例えば、公開からすでに6年、「ひまわりの約束」が『STAND BY MEドラえもん』主題歌という枠組みを離れたところで独り歩きし、受け入れられている現実によく表れている。
つまり秦は作品に寄り添う楽曲を書くが、それと同時に楽曲単体としても魅力を放つことを意識しているのである。作品と交わることで相乗効果をもらたす一方、楽曲自体も自立した存在になりうる二段構えのクリエイティビティを追求しているのである。“作品に奉仕する楽曲”と“自身の作品”を両立させる彼の手腕と視点の高さこそ、秦 基博というアーティストの稀有なる才能だと個人的には感じている。
ーーと長々と前置きを書いていたら、もう時間だ。午前8時。これから半年に及ぶ『おちょやん』がスタートする。