映画『TENET テネット』音楽手がけた、ルドウィグ・ゴランソンとは何者か 刺激的な制作秘話やヒップホップシーンとの繋がり
果たしてそのレコーディングも、最初から最後まで奇妙なものだった。例えば、逆行した映像とシンクロさせるため、まず3人の打楽器奏者がテーマのメインリズムを演奏している様子をレコーディングし、それをコンピューターで反転させてから、その「反転した演奏」をミュージシャンたちに再現してもらったという。さらにそれをレコーディングし、再びコンピューターで反転させることによって、テーマのメインリズムを「逆行した世界」で演奏しているようなサウンドを作り上げたのである(参照:NME)。
まるでThe Beatlesのレコーディング風景を彷彿とさせるようなエピソードだが、他にもゴランソンは実験的なサウンドメイキングをいくつも行なっている。例えば、全身が総毛立つような不協和音を作り出すため、彼は電子音とオーガニックな音をいくつも混ぜ合わせた。特に制作の初期段階では、ノーランが「ギターを様々なサウンドにして使いたい」と話していたため、ディストーションをはじめ様々なエフェクト処理を施したり、人間の呼吸音を混ぜたりしながら、スコアの大部分でギターを用いているという。ちなみに悪役セイターの登場シーンで使われるサウンドトラックには、ノーランの呼吸音までミックスしたそうだ(参照:THE RIVER)。
本作のエンドロールでは、地響きのような低音が鳴り響くトラヴィス・スコットによるテーマ曲「The Plan」が流れるが、これは主人公が消防車に乗り込むシーンで用いられる楽曲「Trucks In Place」をもとに制作されたもの。そのインダストリアルなトラックを聴いたノーランとゴランソンはいたく感動し、スコットの「声」を映画の重要な部分に散りばめた。「そうすることで、トラヴィスの声は映画全体の不可欠な部分になった」(ゴランソン)とのことだが、果たしてどこでどう使われているのかは不明だ。
ところでゴランソンは、音楽プロデューサーとしても数々の名作を世に送り出している。2010年、ドナルド・グローヴァーとともにテレビコメディシリーズ『コミ・カレ!!』の音楽を手掛けたのがきっかけで、グローヴァーのソロプロジェクトであるチャイルディッシュ・ガンビーノのプロデュースと作曲を依頼され、3rdアルバム『Awaken, My Love!』ではグラミー賞の年間最優秀アルバム賞や、年間最優秀レコード賞など5部門にノミネート。さらに2018年のシングル曲「This Is America」はアメリカの Billboard Hot 100 にて初登場1位を記録した。
映画のサウンドトラックと、音楽プロデューサーとしての仕事を両立させてこそ、真の成長につながると「Bang & Olufsen」のインタビューで語っていたルドウィグ・ゴランソン。その多彩な才能が再び大きな注目を浴びる日もそう遠くないだろう。
■黒田隆憲
ライター、カメラマン、DJ。90年代後半にロックバンドCOKEBERRYでメジャー・デビュー。山下達郎の『サンデー・ソングブック』で紹介され話題に。ライターとしては、スタジオワークの経験を活かし、楽器や機材に精通した文章に定評がある。2013年には、世界で唯一の「マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン公認カメラマン」として世界各地で撮影をおこなった。主な共著に『シューゲイザー・ディスクガイド』『ビートルズの遺伝子ディスクガイド』、著著に『プライベート・スタジオ作曲術』『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』『メロディがひらめくとき』など。ブログ、Facebook、Twitter