ブルース・スプリングスティーンが閉塞した日常に灯す“希望の光” 映画『カセットテープ・ダイアリーズ』を観て
そしてもう一つ、大きなテーマとして描かれているのが「父と息子の関係」だ。パキスタンからの移民である父親は、親が理想とする人生を我が子に歩ませるべく、夢よりも現実を見るよう厳しく接する。その家族のありようは、映画『ボヘミアン・ラプソディ』で描かれていたフレディ・マーキュリーの育った環境ともダブる。親との確執によって抱いた反抗心は、やがて自立心に形を変えていくのだが、親離れしようとする息子に戸惑いながらも理解しようと努める姿が丁寧に描かれている。
この親子の姿を見て思い出すのは、スプリングスティーンのライブアルバム『Live 1975-1985』に収録されている「The River」の前の語り部分だ。曲に入る前に、スプリングスティーンが確執があった父との思い出をぽつぽつと語り始める。気持ちがすれ違った状態で過ごしていた父と息子だが、ベトナム戦争の時、ブルースが不合格になるよう、わざと体調を崩して徴兵検査を受け、家に帰って「落ちたよ」と報告したときに「よかったな」とひとこと言ってくれた、という話だ。
厳しかった父が、心の深いところで息子を愛していることがわかる温かいエピソード。このMCの内容が、映画のジャレドと父の関係と見事にリンクしているのがなんとも心にくい。監督のグリンダ・チャーダは自身もスプリングスティーンの大ファンとのことだが、さすがツボをわかっている!
『カセットテープ・ダイアリーズ』というのは日本オリジナルのタイトルだが、この映画の原題は『Blinded by the Light』。「光で目もくらみ」として知られるブルース・スプリングスティーン、デビューアルバム『Greetings from Asbury Park, N.J.』収録の曲にちなんでいる。目がくらむほどの眩しい光は、「心の音楽」と共に自分の人生を切り拓いていく主人公の明るい未来をも象徴しているようだ。
ちなみに余談ではあるけれど、スプリングスティーン関連の映画といえば、「Highway Patrolman」という曲に着想を得て制作された作品もある。ショーン・ペンの初監督作品として知られる『インディアン・ランナー』(1991年)がそれだ(さらに余談になるが、ペンは一時期スプリングスティーンの妹と婚約していたこともある)。
また、音楽オタク必見のラブコメ『ハイ・フィデリティ』(2000年)では、スプリングスティーンが本人役で出演。ジョン・キューザック演じる主人公に恋愛のアドバイスを与え、ここでも「ありがとう、ボス」と言われている。そう、ボスはみんなのボスなのである。
■美馬亜貴子
編集者・ライター。元『CROSSBEAT』。音楽、映画、演芸について書いてます。最新編集本『それでも売れないバンドマン〜もう本当にダメかもしれない』(カザマタカフミ著/シンコーミュージック刊)が発売中。