中国版“プデュ”から誕生した新たなアイドル ヤン・チャオユエ 時代の象徴になるまでのシンデレラストーリーを追う

中国版“プデュ”から新たなアイドルが誕生

 このまま順調に最後の11人に選ばれてデビューするかと思われたのだが、8回目の放送で、ヤンは2位から9位まで一気にランクを落とした。おそらく、中国のある有名芸能事務所の社長がWeiboで発したコメントが影響したのだろう。「涙と顔で票を集めて2位につけただけだ。もう7回も放送されているのに、未だに歌もダンスも上達していない」と痛烈に批判したのだ。ヤンのアンチたちの溜まったマグマが噴き出したようだった。

「全然上達してないのに ファンたちは彼女を美化してる」「本当にひどい」などのアンチの声がSNS上では多数流れる。

 残り2回しかないタイミングでの大幅なランクダウンはヤンにとって相当な痛手だったはずだ。しかも、この8回目の放送で、彼女はさんざん練習して、「ファンに良い姿を見せたい」と言っていたにもかかわらず、チーム戦で自分のパートを歌う時にキーとテンポを外してしまう。大失敗だ。

 しかし、パフォーマンスの後、ヤンは予想外の行動に出る。メンバー一人一人が感想を言うタイミングで、「ファンの皆が選んでくれた曲なのに、ちゃんと歌えなかった。ファンの皆のために、もう一回歌うね」と言って、自分のパートを歌ったのだ。涙で声は揺れてかすれてしまったが、まっすぐ前を向いて。これには思わずもらい泣きする審査員もいた。

《创造 101》完整版:[第 8期]不负好时光!36位女孩第3次公演,6位学长助阵

 次の9回目(最終回のひとつ前)の放送では、7位と少し票を上げた。けれど、一度ドンとランクが落ちたことを考えると、最後の投票で確実に11人に入れるかは微妙な順位だ。だから、ファンの思いをよくわかっているヤンは、涙をこらえながら強い口調でこう言った。「みんな、ダンスや歌で評価されて上位に入っているのに、私は違う。この順位が怖い。それでも、支持してくれているファンがいるから裏切りたくない」。自分に足りない部分を重々わかっていながらも、応援してくれている人の期待に答えたい。そして、何よりも自分の夢を実現したい、その一言には、見ている私も涙が出そうなくらい心を打たれた。

 最終回は生配信された。ヤンは、3位で無事にデビュー。彼女の人気は、その後もグングンと伸びていき、現時点(2020年1月7日)でのWeiboのファンは、1200万人以上。中国のSOHU Entertainment(捜狐娯楽)が発表した「2018年地球上で最も美しい50人」ではランキングで2位になり、Forbesの2019年中国版「30 Under 30」に選ばれ、彼女の写真を「強運」としてスマホの待ち受けに使用する人が続出するなど、ヤン・チャオユエのニュースは毎日のように飛び交っている。

縁起かつぎが大好きな中国人に大流行したヤンの強運待ち受け画像。後光が差している!

 番組でいうと、2018年、2019年にTencent Videoで放送された中国版『テラスハウス』、『Heart Signal(心動的信号)』のシーズン1、2共にコメンテーターとしてレギュラー出演していた。シーズン1の初回放送で、別のコメンテーターから「初めて男性からもらったプレゼントは?」と聞かれると「ペロペロキャンディだったかな」との回答。男性からは友達としてしか見られないのだそうだ。

『Heart Signal(心動的信号)』シーズン1より

 また、2019年、パリで開催されたMIU MIUの2020SSのファッションショーに唯一招待された中国人芸能人はヤンだった。世界のファッション界も注目する大物になったのだ。ヤン・チャオユエの名前「超越(チャオユエ)」は中国語で「乗り越える」の意味。彼女は、名前同様、あらゆる困難や批判の声を「乗り越えて」シンデレラになった。

MIU MIU、2020SSパリでのショーに出席したヤンとMIU MIUデザイナーのミウッチャ・プラダ(ヤン・チャオユエのWeiboより)

 なぜ、ヤン・チャオユエはこれほどまでに人気なのか? ひとつには、不器用すぎるほど純粋ということだ。今どき珍しいほどに純粋だから、最初は疑ってしまう人もいる。しかし、3カ月の公開オーディションという、リアリティ番組の間中、舞台上でも舞台裏でもずっと不器用で一生懸命な彼女の姿を見て、「この子が演技しているわけがない。本当に純粋なんだ!」と、最後にはファンになってしまう。『創造101』のスタッフが、「歌とダンスが下手なのに、彼女のことがどうしても気になって目で追ってしまう」と語っていたが、まさにそれがヤンの魅力なのだろう。また、女性有名人を取り上げたドキュメンタリー番組で、作家のディンディン・チャン(丁丁張)はこう語っていた。「ヤン・チャオユエはこれまでの“アイドル”という定義では語れない、シンボリックな存在になっている。今の時代の不安感を象徴する存在でもあり、また、その不安感を解消する道を提示してくれる存在でもある」。ヤン・チャオユエはアイドルを超えて、時代の象徴になっている。新しいタイプのアイドルが誕生した。

■小山ひとみ
中国のミレニアル世代やユースカルチャーが得意分野のライター、フェスティバル/トーキョー中国プログラムキュレーター、中国語通訳・翻訳者。『STUDIO VOICE』Vol.413では中国のオンライン番組についてのコラム執筆、Vol.414では中国のファッションページで企画、コーディネート担当。『装苑』で中国のファッションデザイナー、ウェブマガジン『HEAPS』で中国ヒップホップやミレニアル世代の記事を執筆。2017年の「フェスティバル/トーキョー」では中国特集をキュレーション。中国のメディアに日本の情報も提供するなど、日本と中国の「いま」にフォーカスを当てて発信を続ける。2019年12月単著『中国新世代 チャイナ・ニュージェネレーション』を刊行。

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