中国版“プデュ”から誕生した新たなアイドル ヤン・チャオユエ 時代の象徴になるまでのシンデレラストーリーを追う

中国版“プデュ”から新たなアイドルが誕生

 2020年、iQIYI(爱奇艺/中国の動画サイト)で女性アイドルの公開オーディション番組『Qin Chun You Ni(青春有你)』の新シーズンがスタートする。メインナビゲーターを務めるのは、『青春有你』の前身『Idol Producer(偶像練習生)』で見事、ナンバー1でデビューしたツァイ・シュークン(蔡徐坤)。BLACKPINKのリサがトレーナーとして参加するのも話題だ。

 中国の女性アイドルグループの歴史は意外と短い。中国でも、2004年に放送された女性歌手のオーディション番組『Super Girl(超級女声)』はあった。しかし、中国において女性アイドルグループといえば、2012年に結成されたSNH48が先駆けになるのだろう。ただ、2018年にロケットガールズ101(火箭少女101)が誕生してからは、SNH48以上にメディア露出が多く、メンバー個々の活動も目立つ。

『PRODUCE 101(創造101)』からデビューしたロケットガールズ101。前列右がヤン・チャオユエ。(ロケットガールズ101オフィシャルWeiboより)

 その中でも、ヤン・チャオユエ(楊超越)の活躍は飛び抜けている。トップ女性アイドルの一人だ。バイドゥ(百度)の女性芸能人ランキングでは堂々の3位。なんと女優のファン・ビンビンよりも、アンジェラベイビーよりも、シンガーのフェイ・ウォンよりも断然上なのだ。

百度の女性芸能人ランキング(2020年1月7日時点)

 ヤン・チャオユエがデビューしたのは2018年。江蘇省の農村から2016年に上海に出てきた、歌もダンスも超苦手な地下アイドルの女の子が、たった3カ月で女性アイドルのスターダムにのし上がったのだ。いわば、“片田舎のド素人”が14億人に一人の特別な存在になった。一体、何が起こったのか?

 2018年4月から6月まで、Tencent Videoで女性アイドルのバトル形式の公開オーディション番組『PRODUCE 101(創造101)』が放送された。『創造101』は韓国発祥で、視聴者が票を投じることができる参加型の番組だ。アイドルになりたい101人の女性が、11人の枠を狙って、歌とダンスの個人戦、チーム戦を勝ち抜いて上を目指す。日本でも去年男性アイドルのオーディション番組『PRODUCE 101 JAPAN』が放送されたばかりだから、ご存知の方も多いだろう。

 ヤン・チャオユエは、その101人の一人だった。ヤンが、番組で初めて披露した歌とダンスのインパクトはすごかった。踊りながら口で「1、2、3、4」とカウントをとっていたのだ。ダンスの振り付けは覚えていないし、歌のキーは外れているし、“ザ・音痴”そのもの。一生懸命なのは伝わるけれど、全くリズム感がない。案の定、トレーナーからは「プロ意識に欠ける」とバッサリ。その後、放送期間中ネット上で頻繁に話題に上がるようになった「ヤンの放送事故」はこの時からすでに始まっていた。

 1998年、江蘇省塩城市の農村で生まれたヤン。12歳のとき、母親が貧困に耐えられなくなり家を出た。その後、父親との二人暮らし。中学卒業後、家計を助けるため縫製工場やレストランで働いた。当然、歌やダンスのレッスンに通う余裕はなかった。

 2016年、ヤンは「月給2,000元(約32,000円)、食事と住まい込みという条件に惹かれて」、上海の芸能事務所のオーディションに参加。2017年、CH2という日本でいう“地下アイドル”のグループとしてデビューを果たす。同じグループの女の子たちからは、暗に「顔がいいだけ」といった扱いをされることも。ヤンは「周りの子が私に歌わせてくれないの」と文句を言ってみるものの、曲がかかっても歌い出しすらわからない。事務所の人に「得意なことは何かあるの?」と聞かれて「何もない」と答える映像が残っている。

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 2018年、歌もダンスもできないまま、ヤンは『創造101』に参加する。可愛らしい見た目と「放送事故」にもめげない天然キャラのおかげで、初投票のランキングでは4位につけた。

 彼女の純粋でひたむきな姿は、ヤン同様、田舎町で暮らす人たちの心を打ったようだ。彼女の姿に自分を重ね、自分にはできない夢を叶えて欲しいと願う人たちの票が集まった。ヤンが下手ながらも歌とダンスの練習を一生懸命続ける姿に、ファンは声援を送り、6、7回目の放送では2位につけた。韓国でトレーニングを受けた、歌も踊りもキレキレのライバルを抑えての高順位だ。

 2位になった感想を聞かれたヤンは、「はじめは、ゆっくり成長すればいいと思っていたけれど、皆の注目が自分に集まっていて、もっと速く成長しないといけないと思っている。私に対して嫌なことを言ってくる人も多いけれど、それは怖くない。でも、私を支えてくれているファンをがっかりさせるのが怖い」と芯の強さを見せた。

 しかし、一方で、ネット上ではヤンを貶める言葉が飛び交った。「つくってるんじゃない?」「歌も踊りもひどすぎ」。番組では、ヤンが感情を抑えきれずに涙する姿も何度も流された。その度に、「嘘泣きだ」「泣けばいいと思っている」と、ネガティブな声がより増えていった。

 これには、「中国では女性アイドルになるのが狭き門」というのも背景にある。男性版『Produce Camp 2019(創造営2019)』と比較すると、“元アイドル”という練習生が多かった。初回放送では、数人の元アイドルの練習生が「所属グループが突然解散した」など、過去の挫折を語り、「アイドルになる=簡単ではない」を前面に押し出していた。審査員からも「女性アイドルは年齢で切られる。芸能界は過酷」と重い一言があった。だからこそ、ヤンにネガティブな意見を言う人たちは、歌とダンスを必死で上達させてきた自分の“推しメン”が、顔とキャラだけのヤンに負けるのが許せないという気持ちが強かったのだろう。

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