姫乃たまが語る、“コミュニケーションツール”としての音楽活動「人のためになりたい」

姫乃たま“コミュニケーション”としての音楽

いろいろなことがいい方向に変わっていく予感がしている

ーーアルバムの作家陣もめちゃくちゃ豪華ですね。長谷川白紙さん、君島大空さんという大注目のクリエイターも参加していて。

姫乃:年下の方と制作すること自体初めてで、しかも年齢とか忘れさせられるくらい圧倒的な才能を持っていて、提供していただいた曲もすごく美しくて。こんなことが実現するとは思ってなかったので、嬉しいです。

ーーもともとつながりがあるんですか?

姫乃:君島大空さんはディスクユニオンの担当の人が私へのサプライズ的な感じでいつの間にかお願いしてくれていました。白紙くんは、Music Inn(姫乃が在籍していた早稲田大学の音楽サークル)の友人に教えてもらったのが最初だったかな。SoundCloudにアップされてた音源を聴いて、「なんてすごい子がいるんだ」と思って。今回オファーさせてもらって、制作のときに初めてお目にかかりました。まず、楽曲制作のメソッドを決めるためにカウンセリングが始まったんです。ざっくばらんに1時間くらい話をして、私のマインドマップみたいなものを白紙くんがノートに書き込んでいって。最終的に白紙くんのなかでひっかったのが、「精神と肉体だったら、精神のほうを信じている」ということと「酒」だったんです。それで身体から精神が離れていくような神聖な曲を作ろうということになったんですが、最初にデモを聴いたときは泣いてしまいました。この世界にはこんなにきれいな曲を作れる人がいるんだと思って。白紙くんもリリース後に「この曲を作ったことで臓器がひとつ増えたような気がします」とツイートしてくれたんですよ。

ーー「有機体(フルキャスト)」の作詞・作曲を手がけている佐藤あんこさんは、どういう方なんですか?

姫乃:あんこさんは男性のシンガーソングライターで、いままでまったく商業的な活動はしてなかったんです。平沢進のギター奏法を解析した同人誌(『トロンプ・ロレイユ 〜Tricks for No Discipline〜』)が過去に話題を呼びました。もともとは早稲田の“Music Inn”のメンバーとして知り合って、以前、一緒にライブをやったこともあって。サークルの子が結婚することになって、制作中に数年ぶりに再会したんですけど、前から「いつか曲を頼みたい」と思っていたのでお願いしたら、翌日に「有機体(フルキャスト)」が送られてきて。もともと『パノラマ街道まっしぐら』というタイトルに合わせて全曲11文字の曲名にしようと思っていたんですけど、この曲も偶然11文字のタイトルだったし、歌詞の内容も「まだ」(“チャクラ”のカバー)とすごく近くて。

ーー直枝政広さんが提供したタイトル曲「パノラマ街道まっしぐら」も素晴らしいですね。

姫乃:もう全人類にデモを聴いていただきたいですね。直枝さんが歌ってるんですけど、「これ、私が歌わなくても良くない?」と思うくらい素晴らしくて。というか、デモのほうがいいのでは……。佐藤優介さんの鍵盤も最高なんです。優介さんのことは直枝さんも信頼しているし、私の好みもわかってくれているので、パキッとした感じではなくて、それこそニューウェイブっぽい……と聴いた人に言われたのですが、そういう鍵盤を入れてくれて、プレゼントをもらった気分でした。直枝さんも気に入っていて。作曲家の方に対する引け目があるんですよね、私。どこかで「付き合わせて悪いな」という気持ちがあるので、「やってよかった」と思ってもらえることが少しでも多くあると気持ち的には楽です。

ーー作家陣にめちゃくちゃ気を使ってるんですね。

姫乃:うーん、バンドメンバーに対してもいまだに緊張しますね。ミュージシャンって、一緒に演奏したら良くも悪くもお互いを分かり合えるじゃないですか。私にはそれがないし、技術的なことは何もできないので、現場ではフロントに立ってるけど“おみそ”みたいな気持ちです。

ーーミュージシャンやクリエイターを繋ぐ媒介としての才能はすごくあると思いますけどね。

姫乃:それができなかったらただの本物の味噌ですよ? たしかに小さい頃からぼうっとしてると神輿に乗せられてるタイプでした。

ーーアルバムがリリースされたことで、この先のビジョンも見えてきましたか?

姫乃:制作が無事に終わってから、完全に世界が変わりました。地下アイドルを始めたときも、ディスクユニオンからリリースしたときも世界が変わった感じがあって、リアルサウンドさんで本(『潜行』)を出させてもらったときも、いままで出会えなかった人たちとたくさん出会えました。ここ4〜5年はそういうことが続いていて、もうこの辺が限度だろうと思っていたのですが、今回のアルバムとワンマンライブをきっかけにして、またいろいろなことがいい方向に変わっていく予感がしています。

ーー音楽に対するモチベーションも上がってきたのでは?

姫乃:地下アイドルを卒業するんだから「音楽をちゃんとやろう」というのは制作中から思ってましたけど、できあがったアルバムを聴いて、「やっぱり歌下手だな」って(笑)。人間には適正があるし、技術的にもがんばろうと思っていたけど、上手くならなさそう……。私の歌が上手くなったところで、誰も喜ばないでしょうし、せめて一緒に制作してくれる人たちへの尊敬と信頼は変わらずに持ち続けていたいです。「こういうジャンルをやりたい」というのも相変わらずなくて、外界とコミュニケーションを取るためにどういうジャンルをやればいいか? というのは、その都度見直したほうがいいと思っています。私は曲を作れないから、制作のなかでできることは「誰と一緒に作るか?」ということだけなんですよ。そのときどきで、お互いに「いいな」と思える人と制作するのがいちばんいし、そのためにはジャンルを固定しないほうがいいなと。あと、私の音楽活動のメインは制作ではなくて、ライブなんですよね。ふだんはカラオケを使ってひとりで歌う形態が多いのですが、コミュニケーションツールとして考えるなら、いまやっている音楽ユニットをちゃんとやっていくほうがいいのかもしれません。

ーーもっと幅広い層のリスナーに届けたいという意図も?

姫乃:姫乃たまは幅広い層のリスナーには響かないでしょうね……(笑)。しかも大衆を意識すると、よくわからなくなっちゃうんですよ。駆け出しのやる気溢れる地下アイドルの子にもよくあるんですけど、漠然と幅広い層に売れたいと思っているとマーケティングも漠然としてきて、誰のために何をやっているのかわからなくなるんです。ライブハウスに10人しかお客さんがいないのに、漠然とした広い気持ちで歌ってもよくわからない。それよりまずは目の前のアイドルファン10人に届けることが大事じゃないですか。そうじゃないと自分自身も何がしたかったのかわからなくなってしまう。私はやりたいことはないけど、やりたくないことはあるので、「まだ見ぬ人に届けたい」というよりは私を媒介にして、いろんなカルチャーをおもしろがってくれる適性を持った人と制作をしたいし自分たちと同じような人たちに届けたいんですよね。そもそも私、顔が昭和っぽいというか、いま万人受けするような平成っぽい顔じゃないんだよなあ。

ーー元号も変わって、昭和顔がウケるようになるかもしれないですよ(笑)。

姫乃:(笑)。あ、でも、4月30日のライブのゲネプロのときに、気づいたことがあって。最後のセッションでノイズを3〜4分くらい鳴らそうと思ってたんですけど、スタッフの方から「あのノイズ、きつくないですか」って言われて、けっこうビックリして。「3〜4分のノイズを聴くのはきつい」って考えがいつの間にかなくなってたんですよ。でも、スタッフさんの客観的な意見を聞いて、当日はいろんな人がたくさん来るから、それこそ幅広い層のリスナーじゃないですけど、「そうだよね」って反省しました。そこで意地を張っちゃいけないと思うんです。学校とか社会でなんとなく肩身が狭くて、やっと自分の居場所が見つかって好きに生きやすくなったのに、私がノイズを聴くのがきついって人に聴けって言い張るのは、肩身の狭い思いをさせるわけだし、自分がされてイヤだったことをやり返すことになってしまう。ノイズはあくまで一例ですが……。そこは気を付けないとダメですよね。

ーーこの後の姫乃さんの活動も楽しみです。次に曲を作るとしたら、どんなことをやりたいですか?

姫乃:なーんでしょう。ジャズと文系ラップの合いの子みたいなのがいいですかね。あ、それはすでに大谷能生さんがやっていますね。じゃあそこに“フレスプ”(姫乃がボーカルをつとめるポップスバンド“FRIENDLY SPOON”)のポップス要素を加えたらどうでしょうか。それかアルバムにも参加してくれた入江陽さん、長谷川白紙くんと共作するのは……。あっ、Dos Monosの荘子itくんも一緒に。

ーーめっちゃいいアイデアじゃないですか。

姫乃:実際に集まってから相談ですけどね、何をやるかは(笑)。

(取材・文=森朋之/写真=林直幸)

姫乃たま『パノラマ街道まっしぐら』

■リリース情報
『パノラマ街道まっしぐら』
発売:2019年4月24日(水)
価格:¥2,315(税抜)
初回プレス分のみ「姫乃たま点取り占いトレカ」封入

<収録曲>
01.長所はスーパーネガティブ! (作詞・作曲:町あかり 編曲:坂東邑真)
02.猫の世界はミラーボール (作詞:入江 陽・姫乃たま 作曲:STX・入江 陽 編曲:STX)
03.深度は秘密のハイウェイ (作詞:姫乃たま 作曲・編曲:君島大空)
04.有機体(フルキャスト) (作詞・作曲・編曲:佐藤あんこ 補作詞:姫乃たま)
05.いつくしい日々 (作詞:姫乃たま・長谷川白紙 作曲・編曲:長谷川白紙)
06.あべこべでさかさま (作詞:姫乃たま 作曲・編曲:宮崎貴士)
07.大人になっても恋をする (作詞:姫乃たま 作曲・編曲:川辺 素)
08.パノラマ街道まっしぐら (作詞:姫乃たま 作曲・編曲:直枝政広)
09.卒業式では泣かなかった (作詞:姫乃たま 作曲・編曲:鳥居真道)
10.まだ (作詞:小川美潮 作曲:板倉 文 編曲:WIDESHOT) ※チャクラのカバー

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