柴田聡子の音楽に宿る“気分”の存在 『愛の休日』と『ワンコロメーター』から紐解く

「ワンコロメーター」でまた一歩進んだ音楽の具体化

 そして今年の11月、『愛の休日』以来の柴田聡子の音源『ワンコロメーター』が届けられた。表題曲の「ワンコロメーター」は本当に変な曲で、ピシッピシッと刻まれループするビートと循環するフルートのメロディが印象的なトラックの上で、柴田聡子が〈ワンコロメーター ワンコロメーター おしえてワンコロメーター〉と歌っている。最初に聴いたときは、石野卓球がやっていた電気グルーヴの前身ユニット・人生の「オールナイトロング」を思い出した。チープなエレクトロトラックに乗せて、〈キンタマが右に寄っちゃった オールナイトロング〉というフレーズがリフレインする、「人生で1度聴いたあと頭から離れなくなった曲ランキング」という極私的なランキングの中で長い間1位に輝いていた「オールナイトロング」に比肩する中毒性。この「ワンコロメーター」において、『愛の休日』で果たされた音楽の具体化が、また一歩進んだ印象だ。

柴田聡子「ワンコロメーター」(Official Video)

 歌詞の内容はといえば、「2丁目の吉田さん」が飼っていたワンコが、祭りの日に迷子になったままいなくなってしまった。するとある日、テレビ中継されていたヒマラヤ奥地の風景の中に、そのいなくなってしまったワンコがいた……というもの。「ワンコロメーター」とは、いなくなったワンコを探すレーダーらしい。歌詞を読む限り、「2丁目の吉田さんち」はワンコがいなくなってからというもの、葬式状態なのだという。悲しい話である。ワンコはいなくなるし、そのワンコがいるのヒマラヤだし……。一体どうやって、ワンコはヒマラヤまで行きついてしまったのだろうか? 犬のやることはマジでわからない。……そんなことを考えていると、もしかしたら柴田聡子は、「人間」と「獣」をかなり明確に区別しているのかもしれないな、と思い至った。

 公開されたMVで、柴田は愛くるしく柴犬と戯れているが、でも犬の考えていることなんて全然わからないし、この「ワンコロメーター」という曲において僕らが思いを馳せることができるのは、どちらかというと、犬がいなくなってしまった「2丁目の吉田さんち」の悲しみの方である。犬の行動はどうすることもできないが、もし「吉田さんち」の誰かと自分が出会うことがあれば、何かしらの言葉や態度で、吉田さんと悲しみを分かち合ったり、慰めることはできるだろう。ヒマラヤにいるワンコを取り戻そうと思うと、「2丁目の吉田さんち」は、かなりの時間やお金を工面しなければいけなくなるかもしれない。それとも、ワンコはまた再び、吉田さんちに気まぐれに帰ってくるのだろうか……? でも、犬の考えなんてわかんねえよ、ちくしょう。謎のレーダー装置「ワンコロメーター」は、離れ離れになったワンコとの距離を教えてくれはするが、その距離を埋める術までは持ち合わせていなそうだ。

 あるいは、この「ワンコ」とは、人の心の在り様そのものを暗喩しているのではないか? とも考えられる。このワンコのように、僕らの心は迷子になった途端に、どこか及びもつかない場所にまで唐突にたどり着いてしまうかもしれないぞ、と。

 右に寄ったキンタマは「こねっ」として直せばいいが、離れ離れになってしまった大切な犬や心は戻ってこないかもしれない。「後悔」のMVもそうだったが、この「ワンコロメーター」のビデオにおいても、柴田は時折、カメラを真っ直ぐに見据えながら、「今はこれしか伝えることはありません」と言わんばかりの迷いのない表情で歌っている。この曲が柴田聡子の全てだとは思わない。でも、ここで捉えられた柴田聡子の「気分」――僕にはとても、人間のもの悲しさを捉えたものに思える――は、とても確かなものとして、この耳に響いてくる。

■天野史彬(あまのふみあき)
1987年生まれのライター。東京都在住。雑誌編集を経て、2012年よりフリーランスでの活動を開始。音楽関係の記事を中心に多方面で執筆中。Twitter

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