ポール・マッカートニー、来日公演の“オールタイムベスト”に込められたメッセージ

ポール・マッカートニー来日公演に寄せて

 この日、披露された全36曲のうち、ビートルズのナンバーが半分以上を占めていた。それ以外も、往年の代表曲から近年のナンバーまで、オールタイムベストと呼んでも差し支えない構成である。伝説の通り、水を飲まないポールのステージはとにかくテンポがいい。おまけに曲間では、なるべく日本語でMCしながら、ひたすら会場とのコミュニケーションを図ろうとしていた。世界中の誰でも知ってるスーパーミュージシャンが、日本のファンのためにここまでやってくれるのだ。これでポールを好きにならないほうが無理である。

 ここでふと思い出したのが、フジロックでのボブ・ディランだ。ディランはMCなんて一切しないし、わかりやすい形でヒット曲を演奏することもない。それでも、百戦錬磨のバンドによる演奏はひたすら素晴らしかったし、一切の無駄を省いているようで、アメリカ音楽の豊潤な味わいがたっぷり詰まっていた。それに、ディランはただそこにいるだけで最高にカッコよかった。渋くて偏屈で妥協せず、だからこそみんな憧れた、求められているディランの姿がそこにはあった。

 それと同じように、ポールには誰もがヒット曲のオンパレードを求めているし、時折チャーミングにおどけてみせたり、愛嬌に満ちた人柄をみんな愛している。その期待に一挙一動で応えるポールもまた、最高にカッコイイ。かつて60年代には、海を越えてライバルと目されたビートルズとディランが、50年近くの月日を経て、己の表現を極めた姿をアピールしている。対照的なステージのようで、どちらも同じだけの何かを背負っているようにも感じられ、そう考えたら目頭が熱くなってしまった。

 「Love Me Do」のあと、「Blackbird」を歌う前に「これは公民権運動についての歌です」とポールは説明していた。ケンドリック・ラマーが「Alright」でラップしているように、ブラック・ライブズ・マター以降の混乱が続くアメリカにおいて、この曲に込められたエモーションは現在も有効であるはず。ヒップホップを熱心にチェックし、近年は社会平和を熱心に呼びかけているポールのなかでも、きっと輝きを増している一曲ではないか。だからこそ、一際シンプルに演奏されたのが胸に響いた。

 そして、ハイライトとなったのが『Egypt Station』からの「Fuh You」。ヒット請負人のライアン・テダーが手掛けたこの曲は、アルバム中でも群を抜いてモダンでキャッチーだった。新作から披露されたのはわずか3曲だったが、この曲を歌っているときのポールが、一番生き生きしていたような気がする。そこから「Something」「Ob-La-Di, Ob-La-Da」「Let It Be」などヒット曲が立て続けに披露され、「Live and Let Die」ではポールも耳を抑えるほど、火柱と花火が「バーン!」と鳴っていた。そして、大合唱の「Hey Jude」で本編は終了。

 アンコールで、ポールはハロウィンにちなんでスカル・マスクを被って登場。「Yesterday」に始まり、「Helter Skelter」から『Abbey Road』のメドレーへと繋ぐ感動的な流れでフィナーレを飾った。映像では、「Golden Slumbers」「Carry That Weight」を演奏するあたりでイエロー・サブマリンが登場。海の中を泳ぎ回ったあと、アングルが空へ変わって、最後に「The End」を演奏し終えると、そこには大きなラブシンボルが映し出された。そこにも、ポールからの無言のメッセージが込められているはず。今の世の中を思うと、重たいものが感じられた。

 そういえば、ポールがMCで、次の曲の背景だったり、ジミ・ヘンドリックスへの追悼、ジョン・レノンやジョージ・ハリスンとの思い出などを熱心に説明していたのも印象深い。どれもファンなら知ってそうなエピソードだし「なんでわざわざ?」とも思ったが、きっとポールは初めてライブを観に来た人や、若いファンに向けて伝えたいことがたくさんあるのだろう。

 ここ数年、多くのロックミュージシャンがツアー引退を発表しているなか、76歳のポールは、今も新しいファンのために扉を開こうとしている。「最近は日本に来すぎだから」なんて言わず、ぜひ来年もツアーを開催してほしい。

(取材・文=小熊俊哉/写真=Yoshika Horita)

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる