チャイルディッシュ・ガンビーノ、カニエ・ウエスト……ラップで“世の中を揺さぶる”新作4選

J.コール『KOD』

 さて、次はケンドリック・ラマーと並ぶ稀代のリリシスト、J.コールの新作から。急遽、新アルバム『KOD』を発表したコールですが、ネット上ではすぐさまその中の収録曲、「1985」が話題になりました。この曲、初盤に「若いラッパーの一人が俺のことをディスったらしいな、びっくりしたぜ。俺の話を聞いてくれよ」という箇所があり、J.コールが若いラッパーたちに対して冷静な語り口でラッパーとしての心構えを説く内容になっています。実際、去年リル・パンプという弱冠17歳のラッパーがJ.コールを揶揄する発言を行ったのです。コールは、だんだんリスナーも大人になり、お前の音楽なんて聞かなくなるということ、ライブにも人が集まらなくなり、気がついた時にはもう遅い、なぜなら人々は、お前がトレンドの波に乗っている間にしか興味がないんだということなど、中堅スターMCならではの的確なポイントを並べ諭すようなリリックが続きます。「白人のキッズが黒人に求めるのは、流行りのダンスを踊ったり、クスリを使ったり、全身にタトゥーを彫ったりする姿」と、消費されるコンテンツしての若い黒人ラッパーのステレオタイプを並べて「お前は自分の影響力を考えたことがあるか」とラップする箇所は、前述したチャイルディッシュ・ガンビーノ「This Is America」とも通じるところがあるかもしれません。ソーシャル・メディアなどで過激な姿を公開し、表現方法もエスカレートしている未成年のアーティストも増えていますが、その状況に釘を刺したのが、J.コールのこの曲、ということになります。

 J.コール同様、現在のヒップホップシーンに警鐘を鳴らしているのが、エミネムとのユニット、Bad Meets Evilとしての活動でも知られるロイス・ダ・5’9’’の新譜『Book of Ryan』です。今年40歳を迎えるロイスは、本作でJ.コールやエミネム、プッシャ・T、ジェイダキス、ロバート・グラスパーら豪華ゲストを迎えて自身の経験に基づいた理論を展開します。「Woke」では意識の低いラッパーたちに対して警告し、西海岸の新鋭MC、ブギーを迎えた「Dumb」では、ジェイ・Zやケンドリック・ラマーらが多くの部門にノミネートされるものの、結局主要な賞は全て逃してしまった今年のグラミー賞について言及。また、本アルバムの発売に合わせて行われたビルボード誌のインタビューでは、ヒップホップを単なる音楽のいちジャンルではなく、カルチャーとして捉えるべきとも主張し、現状のヒップホップ産業の在り方、捉われ方そのものに対しても話を展開しています。

 ロイスは今年3月にも、DJプレミアとのユニット、PRhyme名義で発表したアルバム『PRhyme 2』で、オーセンティックな魅力を保ちつつも進化し続けるDJプレミアのトラックと、持ち前の生々しくダイナミックなリリックが高次元に作用したスタイルを見せつけていました。本作に収録された楽曲「Black History」では、かつての人気TV番組『Yo! MTV Raps』からノトーリアス・B.I.Gにジェイ・Z、D.I.T.C.のメンツにケンドリック・ラマーら、80年代から現代まで活躍するラッパーたちの名前を織り込んだリリックを披露。彼ならではのアプローチを行い、まるで若手のラッパーに対する挑戦状のごとくライムを繰り出したのです。

 こうした先輩の言い分に耳を貸す若手アーティストは、今後、一体どんなリアクションを見せるのでしょうか。そして、こうした楽曲が実際に社会を変える力があるのかどうか。これまでサブジャンルとして扱われてきたヒップホップが、いよいよパワーを持った音楽、カルチャー、ムーブメントへと進化する時代がやってきたのかもしれません。

■渡辺 志保
1984年広島市生まれ。おもにヒップホップやR&Bなどにまつわる文筆のほか、歌詞対訳、ラジオMCや司会業も行う。
ブログ「HIPHOPうんちくん」
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blockFM「INSIDE OUT」※毎月第1、3月曜日出演

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