なぜ今若者の間で80~90年代が熱い? りゅうちぇるがRYUCHELL名義で表現した音楽性の原点
ここ数年、音楽業界やファッション界隈では80~90年代テイストが再燃中。特に2018年春夏のファッションブランドのランウェイは当時を意識したモチーフを取り入れた新作で賑わい、街にはハイウエストのスカートやパンツに身を包んだ太眉女子が溢れ、ナイキのエアマックスなどかつて一世を風靡したアイテムにも再び注目が集まっている。音楽で言えば、渋谷系やシティポップサウンドを取り入れた若手バンドが続々台頭。昨年末には、荻野目洋子のヒット曲「ダンシング・ヒーロー」に合わせ、ボディコンスーツに身を包んだ女子高生たちがキレッキレのダンスを披露する姿に日本中が沸いた。
「歴史は繰り返す」とはまさにこのこと。過去のものになってしまっていたファッションや音楽のトレンドも、20年も経てば立派に新しいものとして受け入れられている。あの時代をリアルタイムで知る世代にとっては懐かしくもあり、一方でどこかこそばゆくもある。
今年2月、タレントのりゅうちぇるが「RYUCHELL」として音楽活動を開始した。りゅうちぇると言えば、原宿ブームの中から登場したお茶の間の人気者。自らを「ちぇるちぇるランドの王子様」と呼び、イマドキの若者像を体現したような奔放な言動で存在感を示してきた。昨今では「DIVE DIVERSITY SUMMIT SHIBUYA 2017/渋谷多様性社会サミット」に参加するなど社会活動にも力を入れ、芸能人の枠を超えた新たな役割にも注目が集まっているが、今回彼が「RYUCHELL」名義でアーティストデビューしたことも、そんなオピニオンリーダーとしての決意によるもの。幼い頃、自分が同年代の男の子と少し違うものが好きだったことを、周囲の目を気にして言い出せなかったという経験から、「個性や多様性の大切さを伝えていくこと」を活動の根幹に据えた。あくまで音楽は表現方法のひとつとのことだが、デビュー曲「Hands up!! If you’re Awesome」は、楽曲の方向性や歌詞、MVの企画や衣装、ヘアメイクに至るまで彼自身がディレクションを担当。それがもろ80~90年代の世界観だったことは、昨今のリバイバルの風潮とおそらく無関係ではない。
具体的に見ていくと、まず楽曲は「水曜日のカンパネラ」のケンモチヒデフミによるオリジナル曲。シンセドラム/シンセサイザー全開の、極限まで生音を排した音作りは、まさに90年代初頭のサウンド。オマージュでもパロディでもなく、あの時代の音を奏でることを目指したあたり、様式美を追求する職人のようだ。RYUCHELL自身が書き溜めていた詩をもとに構成したという歌詞の<隠してたよ Someday 本当の色><始めよう Everybody>と、英語フレーズを多用している点もそこはかとなく時代を彷彿させる。
また、MVやアートワークを手がけたのは、ファッションからオタクカルチャーまで幅広い表現を行うアートディレクターのファンタジスタ歌磨呂。こちらも、どこぞの倉庫のようなセットといい、わざとザラつかせたビデオテープのような映像やライティング、ダンサーたちの衣装やメイクまで80~90年代臭が香る。RYUCHELL自身、「今回のMVでこだわったのは、カメラワークといい感じのダサさ、粗さがあること」とコメントしているが、この“ダサさ”にためらいのない姿勢は、真にあの時代をリスペクトしているからに他ならない。前述のふたりに加え、ダンスの監修を務めたSHOTA、振り付けのBambiと4人もの一流クリエイターに支えられ、真っ向から“時代”の再現に挑んだRYUCHELL。彼がこれほどまでに80~90年代カルチャーに惹かれる理由とは一体なんだろうか。
RYUCHELLは1995年生まれ。しかし、その音楽嗜好を紐解くと、ジェイソン・ドノヴァン、バナナラマ、カイリー・ミノーグら80sのヒットチャートを賑わせたアーティストの名前がずらり。その理由を本人は「僕は80~90年代のアメリカの洋服が大好きなんですけど、音楽もその時代が大好き」「地元の沖縄には基地が近くにあったので、外国の方が聴いている音楽をたくさん聴いていた」と、ファッションへのこだわりや周囲の環境によって培われたものと分析するが、そうでなくても80~90年代は現代の若者にとって身近になりうる理由がある。それは彼らの親世代が過ごしてきた時代でもあるということ。スマートでデジタル化された今を生きる若者たちにとって、何もかもがいびつで猥雑さがある80~90年代は、異次元にも映ることだろう。しかし、身近な大人たちが青春を過ごした時代と知れば、どこか懐かしく憧れも寄せやすい。思えば80年代生まれの私自身、10代の頃に60~70年代のファッションや音楽のリバイバルを経験した。おそらく当時の大人たちも「時代は繰り返す」とこそばゆく思ったに違いない。
自身の憧れを目一杯詰め込んだ楽曲で華々しいデビューを飾ったRYUCHELL。「これから超かわいい歌や超かっこいい歌も色々やってみたい」と気合は十分。今後、どのようなカラフルな世界を見せてくれるのか、その動向に注目したい。
■渡部あきこ
編集者/フリーライター。映画、アニメ、漫画、ゲーム、音楽などカルチャー全般から旅、日本酒、伝統文化まで幅広く執筆。福島県在住。
■リリース情報
『Hands up!! If you’re Awesome』(読み方:ハンズ アップ イフ ユーアー オーサム)
2018.2.14 Digital Release
¥250
・iTunes
・レコチョク
・配信詳細
RYUCHELL OFFICIAL HP
RYUCHELL Instagram
RYUCHELL Twitter