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村上春樹作品における音楽の役割ーー『騎士団長殺し』の音響設計を読む 

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 また、「私」は免色(めんしき)という男の肖像画を引き受けるが、モデルになる時に免色がBGMに選んだのが、リヒアルト・シュトラウスのオペラ『薔薇の騎士』だ。これまた、騎士つながりだが、具彦は戦前のウィーンでシュトラウスの指揮するベートーヴェンの七番のシンフォニーを客席で聴いたというエピソードが後に紹介される。二つのオペラは、「私」を過去の歴史とつなぐものとして響いている。

 「私」は小田原へ引っ越した後、具彦のコレクションや政彦のテープを聴くだけでなく、自分でも2枚のLPを買う。それらのうち、しっかりと聴くのは、ブルース・スプリングスティーン『ザ・リヴァー』だ。作中における、幻想的な空間での「私」の冒険には、川を渡ることが含まれている。著者が『ザ・リヴァー』をピックアップしたのは、そのことにひっかけているのだろうが、この場面で「私」はアナログ・レコードのA面を聴き、ひっくり返してB面を聴くという段取りの大切さを思う。村上作品のなかの冒険は、なぜそうなるのか、因果関係がはっきりしないことが多い半面、なんらかの段取りを順番にこなすことが事態を動かす。アナログ・レコードに対する「私」の態度は、そうした村上作品の様式と呼応している。

 ――というわけで『騎士団長殺し』のなかで特に目立つ音楽は、『ドン・ジョバンニ』、『薔薇の騎士』、『ザ・リヴァー』あたりになるわけだが、それ以上に印象に残る音がある。虫たちの鳴き声がなぜか消えた夜中にどこからか響いてくる、微かな鈴の音だ。その音に気づいたことで「私」は、不思議な出来事へのコミットを深めていく。作中ではいろんな形で音楽が流れていることが多いから、対照的に静かな場面が際立つのだ。ふり返ってみれば村上作品はたいてい、音楽にあふれていると同時に、静かな時間がポイントになってもいた。こうした音響設計が、村上作品の魅力の一つとなってきた。『騎士団長殺し』でも、その定番スタイルは変わらない。

■円堂都司昭
文芸・音楽評論家。著書に『エンタメ小説進化論』(講談社)、『ディズニーの隣の風景』(原書房)、『ソーシャル化する音楽』(青土社)など。

      

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