SA、初の野音ワンマン成功を支えた“コムレイズ”たちーー映像作品で両者の絆を振り返る
紆余曲折14年、ついに辿り着いた聖地・野音
「今、だったんだよ」TAISEIが口を開く。
「結成して5年で野音やれてたらダメだった、今のSAはないね。今、この歳でやれたからよかった気がする」
TAISEIのソロプロジェクトという形で再スタートしたSAは、2002年から現メンバーでの活動を開始。しかし、その活動は順風満帆というわけでもなかった。『SAパーフェクトブック BRING IT OUT!』では、2005〜2008年を<葛藤期>としている。
「ただのパンク・バンドじゃダメなんだっていうことが自分の中で生まれてきた」(TAISEI)
「自分らが掴んだ手応えと同じようには周りが動かなくなってる時期でもあった」(NAOKI)
「もう出し切ったと思って。そこで俺は一回バンドを退こうか、みたいなことを考えましたね」(KEN/Ba)
「いい加減、何も思い浮ばなかくなちゃったんですよね、たぶんみんな」(SHOHEI/Dr)
「でもその葛藤が今の財産になってる気がする」(TAISEI)
──『SAパーフェクトブック BRING IT OUT』より
転機となったのは、2009年のアメリカ・ツアーだった。観客全員が初めてSAを観る外国人という、完全アウェイな環境でのライブはメンバーの意識を大きく変え、バンドの結束力を強めた。
「自分たちが開かないと人は入ってこれないし、素直にライブで笑えるようになったね。笑いたい時は笑うし、訴えたい時は訴える。だからライブがすごい楽しくなったし、ラクになった。“パンクの呪縛から解かれた”っていう気持ちがあった」(TAISEI)──『SAパーフェクトブック BRING IT OUT!』より
「よくやったよ、よくやったよなぁ。ここまで来たよ……」設営中のステージを見つめながらTAISEIが呟く。ガムシャラに突っ走って、転んで、遠回りもしたけど、SAは14年掛けて一つのゴールを決めた。ここ、ロックの聖地・日比谷野音である。
「オレたちとお前たちで野音に来たぜ!!」
無謀だと言われた野音はソールドアウト。まさにSAとコムレイズで作り上げた伝説である。本DVDには映画とは別にライブ本編がほぼノーカットで収録されている。
ライブ終盤におけるTAISEIのMCが印象的だった。
「オレたち、大きな事務所もついてません。でっかいレコード会社が宣伝打ってくれたわけでもないです。ましてや若いときに伝説を作ったバンドでもねぇよ。遠回りして、遠回りして、真面目に努力して……、オレたちにあったのは、ここにいるSAコムレイズだけなんだよ!!」