『「嵐」的、あまりに「嵐」的な』インタビュー
嵐とはどういう存在か? 明治大学名物講師が“PVにおける四つの手法”から分析
「必要最小限で表現していくということが、嵐の魅力」
――第1章では前作と同様、2008年に発表された「truth」で、現在の嵐が確立されたと指摘しています。関さんがこの楽曲の分析から見出した“四つの手法”について、改めて教えていただけますか。
関:今回は「truth」が転回点という指摘をもっと具体的に実証するために、PVから読み取って示しました。具体的には、系譜を辿っていくと「truth」以前にはない4つのポイントがあります。1つめは、5人が一緒になって踊るという「踊る嵐」の発想。ポジションを変えつつ、平等にセンターが来るように踊りが構成されています。2つめはPVにおける平等性として、各メンバーが歌うシーン。一人一人がなるべく平等に映るように割り振って、シーンを使っているということです。この2つは楽曲のPVにおいて必要なことですが、3つめと4つめはそれとは違っていて、直接楽曲に関係ないものなんです。3つめは、「フラッシュ的な各メンバーの肖像」としていますが、歌は続いているのに俯いた姿など、なぜかそういったショットが突然出てくることを指しています。これは歌のイメージを広げる手法です。
――フラッシュ的な映像を意味深に差し込むことによって、鑑賞者に解釈の余地を与える手法ということでしょうか。
関:はい、そうですね。そして最後に、背景や静物。PVですから当然画面があって、そこに「図と地」(ある物が他の物を背景として全体の中から浮き上がって明瞭に知覚されるとき、前者を図といい、背景に退く物を地とする)の関係性が必ずセットになっています。嵐が図になっていて、地がある。その地の部分に何が出てくるのか、ということが重要ではないかと考えました。象徴的に植物が登場するようになるのですが、「truth」ではユリの花が映し出されています。曲によってはオブジェになったりもしますが、そういったものが嵐の象徴として必ず置かれるようになりました。この4つをポイントとして、それが当てはまるPVはどれかということを系譜として見ていきました。
――第2章からは、いよいよそのポイントを抑えた作品をピックアップしていますね。
関:「Believe」から始まる一連の作品、「Crazy moon~キミはムテキ~」「Monster」「Lotus」「Breathless」「誰も知らない」など、だいたい5作に1回位のペースで「truth」の手法を取り入れたPVが出てきます。今挙げた曲は、先ほど提示した四つの手法を全て使っています。これらを検証していくと「Believe」のポイントは、全てのシーンで踊るというより、メイン部分で「踊る嵐」が描かれているということです。あとは服装ーーこのあたりから彼らは黒っぽい服になるんですね。「Lotus」では白になりますけど、基本的には色ものが出てこない世界というか。
――このあたりから、すごくシックなイメージになりますよね。
関:そうなんです。そして誰かが必ず、踊るにも関わらずジャケットを着たりする。初めのシーンで着ていないのに、サビの踊るシーンでは着ていたり。「Crazy moon」は意外性のある作品ですが、「踊る嵐」としては1番合っているかなと。櫻井さんは以前、嵐の楽曲の中で最も踊っているのは「Monster」と発言していたことがあります。櫻井さんの認識の中でも「Crazy moon」は踊っているが、嵐の主流の作品ではないという意識があるようです。また、この曲は倉庫のような空間で撮影し、いわゆる嵐を象徴するようなものに重きを置いていません。いわば「踊る嵐」を堪能するだけのPVとなっているのです。ラフな格好で、相葉さんはスウェットみたいなものを着て踊っています。嵐を表現するというよりは、嵐はこのくらい踊れますよ、という部分を見せるための作品なのではないかと。PVの後にメイキングが入っていて、「truth」の際の失敗を踏まえて、櫻井さんと相葉さんが自分たちはしっかり予習してきたというくだりがあるなど、これからの系譜を見ていくための伏線が含まれている作品です。
――確かに暗示的な作品ですよね。
関:「Monster」は櫻井さんが言うように、「truth」以降ぶりのダンスナンバー。非常にドラマチックですし、好きな方も多いと思います。黒に金が入ったようなきらびやかな服装で踊っています。しかし、「嵐」の「嵐」たる由縁というものは、マイナスの美学だと思っていて。日本の伝統的な美術でもそうなんですが、無駄なものを省くわけです。その中で凝縮された本質が、日本的美意識の一つでもあるのですが、嵐も同じで無駄なものを排除していき、嵐として必要なものだけをギュッと詰め込んで表現していくのが方法論であるような気がします。服装もモノトーンチックになってきている。私は、必要最小限で表現していくということが、嵐の魅力ではないかと解釈したのです。そうすると「Monster」だけが、若干逆を行っている気がします。「嵐」的な表現よりも、「Monster」的な表現が強すぎるというか。
――編集部で編集した書籍『嵐はなぜ史上最強のエンタメ集団になったか』で、「Monster」の楽曲分析を行った際にも、みなさんがこの曲を「謎だ」とおっしゃっていたんですよね。これまでのアメリカのポップミュージックを取り込んだものではなく、独特の劇伴的な世界観を作り出していて、これは何なんだろう、とみんな不思議に思っていて。
関:そうですね。近代建築のようなモダンな要素を、私は「嵐」的だと思うので、そこからは外れていると考えます。また「Lotus」は個人的に好きな曲でしたが、PV的に好きになれなくて。本来黒と白はコントラストとして必要なものですが、全体的に白くなりすぎてしまっています。楽曲としては、すごくクオリティが高いものだと思いますが、PVを見た時に曲のクオリティが削がれているのでは、と感じました。
――おっしゃっていることは分かる気がします。楽曲イメージに対して、ピュアを連想させる白は、少しミスマッチです。
関:曲自体はすごくタイトな感じなのに、PVのイメージがあまり合っていないかなと。そういった点を加味したとき「Breathless」は、ファンの支持はそれほど高くない作品ではあるのですが、今までの中で一番仕上がりが良い作品であると思います。よく踊っているし、曲とPVのイメージがまとまっています。青いシーンでの各自の寂寞とした表情と、ガンガン踊っているシーンとの対比がよく出来ていますし、私が指摘した四つの手法全てを十分に生かし切った作品ではないかと評価しました。その背景には、K-POPの流行があったのではないかと見ています。しっかり踊ってしっかり歌うということが、K-POPのスタイルで、その影響はあるんじゃないかと。ダンスをしても劣らない、歌っても劣らないというところをプレゼンテーションしていく必要があったのではと思います。たぶん「Lotus」から「Breathless」あたりがいろんなことを模索した時期で、「truth」の路線をさらに深化させ、完成に至ったのが「Breathless」ではないかと。