「ももクロ vs KISS」が見せた“捨て身アイドル”の真髄 市川哲史がドーム公演を振り返る(ももクロ目線ver)

ももクロが体現した〈捨て身の美学〉

 しかしそもそも私がももクロに惹かれたのは、昭和くさい元ネタの面白さではない。インディーズ時代からなぜか炸裂していた、「そこまでせんでもいいだろ」的な自爆アイドルっぷりに惚れたのである。

 まずインディーズ時代の、主な活動が写真・動画撮影OKの路上ライヴという捨て身感がいい。特にヤマダ電機全国24店舗104公演にも及ぶCD手売り無料ライヴ・ツアーなんて、その過剰さだけでぐっとくる。夏休み中ほぼ毎日、ワゴン車に車中泊をしながら全国を廻ったとは、もはやバンドブーム期のバンドよりもロックだ。

 そしてとにかく笑えたのが、身体が自壊しそうなやたらBPMの速いライヴ・パフォーマンスだったのである。ももいろクローバーZ改名直後の2011年5月頃書いた原稿からも、そんな私の興奮が読み取れる。

(前略)その魅力は100m走のスピードのままフルマラソンを完走するかのような、自虐的なまでのアスリート性に尽きる。
 1曲あたりの振付量が他のアイドル比3倍な上に、何曲も何曲も何曲も何曲も唄い踊り続けるのだから、尋常ではない。バラード曲ですら猛烈に踊っている。そもそも毎回毎回体力の限界に挑むアイドルって何なのだ。やがて浮かぶ〈苦悶の笑顔〉を目撃したとき、とりあえず私は謝ることにした。誰によ?
  そんなももクロの姿に、どうしても初期のX(JAPAN)の姿がダブる。誰も頼んだ憶えがないのに世界最速を勝手に目指すYOSHIKIのハイスパート・ドラムを軸に、ひたすら弾きまくるhideたちの肉体はまるでヤドカリのように右腕だけが肥大化していた。
 不毛だ。不毛だけれども、しかし度を越した不毛さは圧倒的なカタルシスを生む。トゥーマッチであればあるほど、観ているこっちは痛快なのだ。
 そういう意味では、ももクロの〈謎の全力少女っぷり〉も同じだ。そんな怒濤のハードコア・アイドルの「殺されても死なない生命力」こそが、震災後の日本を救うのである――と一瞬でも考えた私は、たぶん疲れている。

 まるでルチャリブレを思わせる、側転に組体操にエビ反りジャンプ。ただでさえ下手くそなのに、目茶目茶踊るもんだからよりド下手くそにしか唄えないヴォーカル。それでも口パクを拒否して生唄を貫いてしまう姿勢は、まさしく〈捨て身の美学〉だ。

 つまりももクロとは、こうした負荷を課せられれば課せられるほど輝く妙なアイドルだからこそ、我々を魅了してやまない。そんな特性を運営サイドもよくわかっていて、多種多様で過酷な負荷を次々と課してきたわけだ。

 そういう意味では例の昭和サブカルテイストも、当初は過酷な負荷の一つだったはずだ。ところが彼女らは元ネタを知らぬまま、克服するどころかエンタテインメントとして成立させてしまった。そしてとうとう、昭和のおっさんたちにとっては伝説のアイドル・ロックバンドKISSとのコラボですら、もはやももクロの負荷になりえなくなった。なにせ彼女らは、大きいおともだちの妄想を一身に引き受けてはいても、それは〈やらされてる感〉ではなく〈やってあげてる感〉の賜物だからである。

 そして《KISSvsももクロ》は平和な、《コスプレ一家の好々爺と孫娘たちの愉快な邂逅の図》にまとまっちゃったのであった。

そしてももクロは王道アイドル仕事へ

 そんなこんなで、ももクロへの最新負荷は映画『幕が上がる』主演だったはずだ。筋金入りの飛び道具にとっては、そんな王道アイドル仕事の方がよっぽど過酷だろう。

 しかし高校演劇部の成長物語だっただけに、彼女たち自身の女優成長物語とリンクしてちゃんとした映画になってしまった。わははは。驚いた。結局、同映画上映館全国127館計131回の舞台挨拶ツアーという肉体的負荷を笑うしかないのか。

 5月から、この映画の劇中劇が舞台版『幕が上がる』として上演される。いまどき演劇挑戦とはまた昭和サブカルマイナー感漂う負荷だが、ももクロらしい克服エンタテインメントを期待したい。やっぱももクロには常に、大リーグボール養成ギプスや鉄下駄やパワーアンクルが必要不可欠なのである。

 あら、また私の比喩が昭和っぽいよ。

■市川哲史(音楽評論家)
1961年岡山生まれ。大学在学中より現在まで「ロッキング・オン」「ロッキング・オンJAPAN」「音楽と人」「オリコンスタイル」「日経エンタテインメント」などの雑誌を主戦場に文筆活動を展開。最新刊は『誰も教えてくれなかった本当のポップ・ミュージック論』(シンコーミュージック刊)

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