無料配信で波紋を呼ぶU2の新作、肝心の内容は? サウンドと歌詞の変化を分析

 一方、歌詞のテーマは、とてもパーソナルなものになっている。若くして亡くなったボノの実母について歌った「Iris (Hold Me Close)」や、かつて自宅のあった場所を曲名にした「Cedarwood Road」など、故郷や家族をモチーフにした曲も多い。「The Miracle (of Joey Ramone)」も、「もしラモーンズがいなかったら U2 も存在しなかっただろう」と語ったラモーンズへの敬愛の情を描いたもの。アルバム一枚を通して自らの思春期を振り返るような作品になっているのである。

 ボノは公式サイトのメッセージで、さらなる新作『Songs of Experience』を準備中であることも告げている。「無垢」と「経験」というそれぞれの言葉の意味を考えると、新作はおそらく、私的な思いを綴った『Songs of Innocence』と、社会へのメッセージを込めた『Songs of Experience』という2枚で対をなすものになるのではないだろうか。そして、北アイルランド問題を示す言葉である「The Troubles」という言葉を冠した楽曲がその2枚を繋ぐブリッジになるのではないかと推測できる。

 ただし。これだけ入念に準備されたアルバムも、そのリリース方法が賛否両論を集めているのも事実だ。批判を集める理由になったのは、楽曲がユーザーのライブラリに自動的に追加される方式だったこと。U2のことを好きではないユーザー、興味ないユーザーにとっては、これを不快に思う人も多かったのろう。削除するにはiTunes Matchに加入する必要があったことも苦情の対象となった。それを受け、9月15日にAPPLE社はアルバムを削除するためのツールを公開している。

 また、そうでなくとも、リスナーにとっての音楽を聴く体験の価値は、単に音楽の中身だけでなく「それをどうやって手にしたか」にも左右される。「朝起きたら勝手にライブラリに入っている」というリリース方法を喜ばない音楽ファンも多かったようだ。ツイッターには主に若いユーザーの「U2って誰? なんで勝手にiPhoneに入ってるの?」という書き込みが相次ぎ、それをまとめたサイト(http://www.whoisu2.com/)も登場した。

 こうした無料配信が賛否両論を集めたことは、過去にもある。たとえば、Jay-Zは昨年7月にサムスンとパートナー契約を締結し、アルバム『Magna Carta Holy Grail』100万枚をGalaxyユーザーに先行無料配布するという施策を行った。こちらの場合もJay-Zには500万ドル(約50億円)が支払われマーケティング的には大きな注目を集めたが、ダウンロードするための専用モバイルアプリが個人情報にアクセスすることが批判の対象にもなった。そして、レディオヘッドの『イン・レインボウズ』なども含め、作品の内容よりもむしろリリース方法に注目が集まった作品は、その音楽性についての評価が成されにくいという傾向もある。

 果たして今回のU2の新作がどう受け取られるのか? 音楽業界に巨大な一石を投じたその結果は、後々明らかになっていくはずだ。

■柴 那典
1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。出版社ロッキング・オンを経て独立。ブログ「日々の音色とことば:」Twitter

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