ユーミンのメロディはなぜ美しく響くのか 現役ミュージシャンが“和音進行”を分析
「転調」を多用しつつ、自然に感じさせる技術
次のキーワードは「転調」です。よくポップスで、最後のサビだけ少し高くなることがありますね? あれです。『やさしさに包まれたなら』の解説ではキーをCにしてコードを書きましたが、実は「| C | D | Bm7 Em7 | Am7 |」という歌い出しの進行はCというよりGのように見えます。『中央フリーウェイ』も同様で、曲全体としてはAbと言えそうですが、1段目最後のFm7まではFに転調しています。そのようにユーミンは、セクションの中でよく部分転調をします。
重要なことは、実際に転調しているかどうかではなく、どのように聞こえるか、です。みなさんが意識していなくても、人の耳は実はなかなか正確に調(スケール)を判断しています。僕はこのコラムでも和音進行を解説する際に「安定的」「不安定」「6度」「1度」などという言葉を使っていますが、コードの響きというのは、それ単体での響きよりも、どのようなつながりか、そのスケールの中でどの位置を占めるものか、というような「関係性」によって印象が決まります。例えば「やさしさに包まれたなら」で言えば、Am7はCにとっては6度、Gにとっては2度で、どちらがキーかによってまったく響き方は変わります。ユーミンの楽曲の和音進行の繊細さを「調」という視点から見ると、「転調しているような、していないような」微妙な和音進行を織り交ぜることで、響きを繊細にしているのです。例に出した2曲のように出だしのコード進行が、響きは自然なまま非常に技巧的になっていることで、独特の繊細な音世界に聴き手を引き込みます。その時点で「勝負あった」という感じですね。
このように、ユーミンの和音進行には一音一音ごとに意図を持った、連続性が見られます。一方、いわゆるロックバンド的な音楽を「退屈」「ベタ」と感じる場合、ユーミンとは逆に、一音一音を分解して響きを捉えるのではなく、一般的なコード進行の枠の中で「コード」という部品として組み合わせるような「プラモデル工法」でコード進行が作られていることが多いです。それにはそれで、70年代のSex Pistolsによるパンクの登場、その後のダンスミュージック(ループミュージック)の台頭、によってコードが簡素化していったという必然性はあります。しかし、それに慣れてしまって和音の表現の微細さを追求していない、という反省を僕自身も含めて多くのミュージシャンが抱えています。平凡なポップソングが6色のペンキで描かれた絵だとすれば、ユーミンの楽曲は水彩画です。そこからは、奇をてらうためではなく、人が自然に気持ちよく聴くために技巧を凝らす、真の技術が見て取れるのではないでしょうか。
■小林郁太
東京で活動するバンド、トレモロイドでictarzとしてシンセサイザーを担当。
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