ユーミンのメロディはなぜ美しく響くのか 現役ミュージシャンが“和音進行”を分析
もう少し大きな視点で注目していただきたいこの曲のポイントを3点挙げます。「ピアノのアルペジオ」「ベースのリズム」「サビ」です。
アルペジオというのは、和音を「ジャーン」といっぺんに弾くのではなく、一音ずつ順番に弾く演奏のことです。いわゆるAメロでは、ピアノのアルペジオとベースで和音進行を担っています。この2つの楽器が一定のリズムで淡々と繰り返していることで、和音の繊細な響きの変化を美しく表現しています。
そしてそのまま耳をベースにフォーカスしてください。コードの中では音程を動かさずに「ドーンドドー」というリズムを繰り返していますが、ベースがこのリズムを破るときは必ずメロディアスに動きます。主旋律(この場合は歌)の合間を縫って裏メロディを入れることを「オカズ」「オブリガード」などと言いますが、この曲では淡々とした演奏とオブリガードのメリハリがはっきりしていて、和音進行が作り出す世界観の広がりを強力に後押ししています。ちなみにそれもそのはずで、弾いているのは「ベースの神様」細野晴臣さんです。
最後にサビについてです。「カーテンを開いて」から始まるセクションは、前のメロディからの転換という意味でのいわゆる「Bメロ」と、盛り上がるという意味でのいわゆる「サビ」が連続するような形です。マイナーコードから始まり2コードを繰り返す抑制的な前半部分から、「やさしさに」で一気に視界が開け、開放感に満ちた解決に至ります。2つの構成が1つのセクションになっていることで、それぞれが短く、テンポ良くドラマが進むこともこの曲の特徴です。
ジブリ映画『魔女の宅急便』のエンディング曲になっていることもあって、多くの人に馴染みのある「やさしさに包まれたなら」ですが、自然で伸びやかな美しさの裏にはこのような作曲技術が隠されています。
「中央フリーウェイ」
もう1曲、絶妙な和音進行の例として「中央フリーウェイ」についても簡単に解説します。「やさしさに包まれたなら」は、素直な響きのように聞こえるけれど実はメロディと和音の関係が絶妙、というタイプですが、「中央フリーウェイ」は、一聴した感じで既に何やらオシャレな都会的な雰囲気をコード進行自体に感じます。後期の「オシャレソウル」をフォーマットにしているので多少込み入った和音進行になっていますが、音楽史的に言うと、演歌的・情念的な感情表現が今以上に色濃かった日本のポップスシーンで、70年代にこれをやっている、というだけでも大きな意義があると思います。
実際に歌い出しからひと回し分のコードを見てみると
| FM7 | F#dim D7 | Gm7 | Edim C7 | Fm7 |
| Bbm7 | Bbm7onEb | AbM7 Gm7-5 | C7sus4 |
(キーはAb)
というようになっています。「やさしさに包まれたなら」と比べると字面だけでもややこしそうですが、紐解いてみると意外とシンプルなのです。いろいろと難しい記号がついているものの、2小節ごとに「ラド」「ソシb」「ラbド」と2音を1音階ずつ上げ下げして、基音(ベースが弾くことが多い)が移動しているだけ、と考えればそれほど複雑ではありません。例えば、2小節目で早速キーより半音高いF#のコードを弾くのは気持ちの悪い響きになります。ですから、1小節目で弾いたFM7のラとドを残してベースだけが移動しているように聴かせることで、調和感を保ったままきれいなベースラインをメロディアスに動かせるのです。その結果をコードの名前で書くとF#dimになるというだけで、ここでも重要なのは1音ごとの音のつながりです。