キーパーソンが語る「音楽ビジネスのこれから」第5回
SPEEDSTAR RECORDSレーベル長、小野朗氏インタビュー「メジャーレーベルとして、タコツボの臨界を超えていく」
音楽文化を取り巻く環境の変化をテーマに、キーパーソンに今後のあり方を聞くインタビューシリーズ。第5回目に登場するのは、ビクターエンタテインメント・SPEEDSTAR RECORDSレーベル長の小野朗氏。同レーベルは1992年の設立以降、サザンオールスターズをはじめとする大物アーティストを輩出してきた、日本屈指の名門レーベルだ。2010年にレーベル長の就任した小野氏は、ロックに強みを持つ同レーベルの豊かな音楽的資産をどう受け継ぎ、さらには、激変するシーンやビジネス環境にどう立ち向かってきたのか。同氏がSPEEDSTAR RECORDSで初めて担当したTHE MAD CAPSULE MARKETSとの逸話から、昨年末にリリースされた星野源『YELLOW DANCER』が大ヒットを記録した背景、レーベルの運営理念と今後の展開まで、じっくりと話を聞いた。
「SPEEDSTARはアーティスト本位のレーベル」
ーーSPEEDSTAR RECORDSは、小野さんがレーベル長に就任した2010年以降、より幅広い世代のアーティストが活躍している印象があります。サザンオールスターズや矢野顕子、くるり、斉藤和義など確固たる地位を築いたアーティストが着実に作品を発表する一方、藤原さくらや雨のパレードなど、今後のシーンを担っていく新人アーティストも続々と登場しています。レーベルの運営方針を伺うにあたって、まずはビクターエンタテインメントでのキャリアを振り返っていただけますか。
小野朗(以下、小野):初任地は仙台でした。当時は仙台ブランチがあって、そこの宣伝になったんです。エリアプロモーターとして東北6県を担当しました。各地のFM局、テレビ局、タウン誌を中心としたプロモーションを2年担当して、その2年目がSPEEDSTAR専門のエリア担当だったんです。1年目は洋楽とかアイドルとか。当時はInvitation(1978年4月設立。かつて、高橋真梨子やBUCK-TICK、サザンオールスターズ、THE MAD CAPSULE MARKETSらが所属)というレーベルがありましたので、Invitationのアーティストも担当して、初めて自分一人でキャンペーンを仕切ったのがTHE MAD CAPSULE MARKETSだったんですよね。94年にリリースした『PARK』の時ですね。96年にSPEEDSTARに異動になり、翌97年にMADのアーティスト担当になって、シングル『MIDI SURF』の初回限定盤にチョロQを付けたり、キューブリックを作ったり……。今も上田剛士はソロユニット・AA=(エー・エー・イコール)としてSPEEDSTARで活動していますが、MADと上田からは、多くのことを学びました。彼に叩き上げられたようなところはありますね。
ーー小野さんが担当された97年、THE MAD CAPSULE MARKETSは「SXSW」に出演するなど、海外での活動も多くなってきました。音楽性もパンク的なサウンドから、デジタルロックへと変化した時期でもありましたね。
小野:担当して初めて関わったアルバムが『DIGIDOGHEADLOCK』(1997年9月リリース)でそのアルバムからデジタルハードコアが確立されましたね。ビジュアルのイメージも大きく変わって、そこからMADの快進撃が始まりました。他に担当したアーティストでは、つじあやの、WINO、トルネード竜巻などなど。2006年からはサザンオールスターズも担当しました。リリースとしてはシングル『DIRTY OLD MAN 〜さらば夏よ〜』が最初で、初仕事は桑田(佳祐)さんの50歳の誕生日パーティーのスタッフだったことを覚えています。桑田さんは先日還暦を迎えたので、担当してから丸10年になりますね。
ーーなるほど。サザンオールスターズに関しては、ひとつひとつのプロジェクトも大きな規模になると思いますが、その関わり方において、他のアーティストと違いはありますか。
小野:関わっている人数は大規模ですけど、基本的には僕は宣伝マンだと思っているので、基本的な精神は変わらないと思います。SPEEDSTARはアーティスト本位のレーベルだと考えているので、重要なのはアーティストから発せられた音楽をどうやって、いちばんいい形で伝えるか。当たり前ですがそれが宣伝の仕事だと思うんですよね。脚色をするにしても、伝わりやすくするためであって。この考え方は、レーベル設立当初から一貫しています。
ーーレーベル長となってからも、その考え方は変わらないものでしょうか。
小野:そうですね。アーティスト本位であることは変えるつもりはないし、変えてはいけないと思っています。そういう意味でも、私は「SPEEDSTARでは、こういう音楽をやっています」ということを明文化しないようにしているんです。言葉にした瞬間に、幅が限定されてそれよりも小さくなるしかないと思っているので。スタッフ全員でSPEEDSTARはどういう音楽、アーティストが必要なのかということを常に自問自答しながら形を作り続けたい。そんななかで、その時に好調なアーティストがレーベルのある意味で象徴になると思うんです。それが昨年は星野源だったし、斉藤和義が第2のブレイクを果たしたり、くるりやレミオロメン、UAが生まれた時期もあったし、ジャンルは様々ですが、結果としてSPEEDSTARとしてのイメージをしっかり残せている。アーティスト本位という部分は、高垣(健/レーベル創始者で、サザンオールスターズを発掘・育成したことで知られる)さんの打ち出したものが大きいと思っています。
ーーSPEEDSTARに所属しているアーティストはヒットを生み出しながら、しっかりとキャリアを積み重ねている印象があります。
小野:そこはやっぱり桑田佳祐さんの存在が大きいと思うんですよね。桑田さんは自分の音楽活動を決して途切れることなくやって、常に新しいものを生み出している。どんどん、どんどん新しい仕事をしていきたいというモチベーションを失わないんです。そしてメガヒットを生む。そんな桑田さんの音楽に対する姿勢が、範になっているところはあるのではないでしょうか。