キタニタツヤ×ツミキ×三島想平(cinema staff)が語る“ボカロ×残響系”の交差点 「オルタナティブであること」が繋ぐ歴史と文脈

キタニ×ツミキ×三島「ボカロ×残響」鼎談

 ニコニコ動画の黎明期より、様々なジャンルの楽曲が制作されてきた「ボーカロイド楽曲」。ニッチなジャンルから異例の組み合わせまで、アウトプットされた多様なラインナップはときに突然変異を生み、メジャーシーンでのヒットにつながるものもあらわれた。

 そのなかのひとつが「ボーカロイド×シューゲイザー」の「ミクゲイザー」だろう。黎明期から多くの楽曲が投稿されたこのジャンルから出てきたクリエイターは、のちにポストロックやマスロックなどの文脈とも繋がり、ボーカロイド楽曲の特徴のひとつでもある複雑性との好相性もあってか、少なくないフォロワーを作っている。

 今回登場したキタニタツヤとツミキは、まさにその代表格といえるだろう。いまやメジャーシーンで活躍する二人だが、いずれも出自はニコニコ動画のボーカロイドシーンだ。本稿ではそんな二人に加え、上述したジャンルの交差点でもある“残響系”の代表格として、当時の残響レコードからデビューしたcinema staffの三島想平を迎えた鼎談をお届けする。

 ボカロと残響系の音楽的な共通点や、親和性のあるクリエイターとしての性質、さらにキタニ・ツミキ・三島がオススメする最近の若手アーティストなどの話を、ドワンゴが主催し、数多くのボカロPが参加するVOCALOIDの祭典『The VOCALOID Collection』の話題を交えながら、大いに語り合ってもらった。(編集部)

複雑化するポップスと残響系の共通点は“アルペジオ”?

キタニタツヤ

ーー今回の鼎談はキタニさんから提案いただいた「ボカロシーンに受け継がれる“残響系”の遺伝子」というテーマに沿って、みなさんに参加いただくことになりました。そもそもキタニさんはなぜこのテーマを設定したのでしょう?

キタニ:僕が最近「こんにちは谷田さん」名義でボカロコンピアルバム『Eingebrannt』を作らせていただいたんですが、この参加者の皆さんは、ギターの音やフレーズがトリッキーだったり変拍子があったりと、決してメインストリームではない先鋭的なギターロックをやっている方々で、そういったサウンドがなぜかボーカロイドシーンの中ではかなりクリエイターが多いという現象がずっと面白いと思っていたんです。

 自分自身もそういう音楽をボカロでやっていた人間ですし、せっかくそういう状況があるのだから、そのカルチャーをずっと温かいままにするために、現在のシーンの中でこのジャンルに近いサウンドの表現をしている新しいボカロPたちを集めてコンピを作ることにしたんです。

はなればなれに焼きつく炎昼 / こんにちは谷田さん - Lossy Encoding / Hello Tanitasan

ーー『Eingebrannt』の人選にはそういう理由があったんですね。そのうえでキタニさんと近しいバックグラウンドを持つが生まれた地域やボカロPとしての活動期間は違うツミキさんと、お二人が好きな“残響系”アーティストのなかでもバンド活動に加えて個人名義でポップスのお仕事もされている三島さんをお呼びしたということで。まずはキタニさんとツミキさんがリスナー・駆け出しのクリエイターとしてみていた「残響系ボカロック」や「ミクゲイザー」が、ボカロシーンの黎明期でどのように見えていたのかを聞いていきたいです。

キタニ:僕が高校生の時にボカロリスナーとしてニコニコ動画を見ていたころにはすでに「ミクゲイザー」のタグで楽曲がたくさん投稿されていました。今でこそ『ボカコレ』のような運営主導のイベントがありますけど、当時はユーザー側が勝手にイベントをやっていて。特に「ミクゲイザー」は、「夏のノイズギター感謝祭」とか「冬のシューゲイザー祭」といったように季節にかこつけてシューゲイザー楽曲を投稿しまくる、といったノリがありましたね。

ーーキタニさんがそもそも最初に「ミクゲイザー」に触れたきっかけはどなたのどの曲なのでしょう?

キタニ:いまサイダーガールというバンドでベースを弾いているフジムラくんが「moff(もっふーP)」名義で作っていたシューゲイザー曲がきっかけですね。思えば、変わったジャンルやテイストの楽曲はボカロをきっかけにして知ることが多かったですね。syrup16gも彼らを元ネタにしていた36g(風呂埋葬P)さんの楽曲を通じて知って、後から「これがあの音像か」と気づくパターンでしたから。

【初音ミク】 非実在少年は眠らない 【オリジナルPV】 -

ーー自分も近しい体験をしてきたのでわかります。ツミキさんはどうでしょう?

ツミキ:僕はどちらかというとバンドが先でボカロが後、という感じですね。いわゆる残響系の音楽をめちゃくちゃ聴いていて、実際に近しい音楽性のバンドもやっていたんですが、同じような音楽を好きな人がライブハウスや学校に全然いなくて。

キタニ:ツミキの高校ではthe cabsがめっちゃ流行ったりしてなかった? 俺らが高校生の頃ってPeople In The Box、cinema staff、the cabsがめっちゃ売れてるバンドだって認識だったんだけど。

ツミキ:the cabsは流行ってなかったっす。どちらかというと「俺にしかわからん音楽」みたいな感じで聴いてたかな。バンドを組むやつらにも「こんな良いバンドはおらん! なんでこんな良い音楽が流行ってないねん!」と熱心に言う厄介オタクで(笑)。周りに広めていくうちに徐々に近しい趣味の友達ができました。

the cabs / キェルツェの螺旋【Official Music Video】

キタニ:僕の場合は隣の高校のひとつ上の世代にPENs+のメンバーが二人いて、その人たちからthe cabsとかAmerican Football、さらにはCap'n Jazz(American Footballのギター・ボーカルであるマイク・キンセラが兄のティムと組んでいたバンド)のようなエモの歴史まで教えてもらってたんですけど、その関西版がツミキだったんだ(笑)。

ツミキ:そうですね(笑)。

キタニ:とはいえ繋がっていたのはその人たちくらいで、ライブハウスで全然そういう人たちに出会えてなかったんですけど、大学に入ってボカロPを始めたら一気に同じ趣味の人に出会うことができて。そこで「この人たち売れてたんだ……」と思ったんですよね。それで急に“エモ友”が増えて、新代田FEVERにtoddleのライブを見にいくオフ会をやったりして……。

 ボカロPのオフ会ってもっとオタクっぽいものであるべきなのかもしれないですけど、そういう特殊な面白さはありました。なんでそんなことになってたのか、と聞かれると言語化しにくいけど……。

ーー当時のニコニコ動画・ボカロシーンはある程度のハードルの低さもあってか、リスナーでありながら作り手でもある、みたいな方も多かったように思います。

キタニ:確かに。そう考えるとジャンルは違えど今も同じようなものなのか……。

ツミキ:そうだと思いますよ。それこそ僕がボカロシーンで同じような感性の作品に出会えたのは、キタニくんが10年前に出していたコンピレーションの『übel』で。友達から「やばいコンピがある」と貸してもらって、僕だけが知ってると思っていた音楽がネットを通じてめちゃくちゃ大きなカルチャーとして存在することを知って、ボカロにどっぷりハマったのを覚えています。

【ボーマス31】 『übel』 【クロスフェード】 -

ーー『übel』の名前が早速出ましたね。先ほど名前の上がったmoffさんやキタニさん(こんにちは谷田さん)をはじめ、現在も活躍するクリエイターの方々が当時の名義で参加されていた名作でした。

キタニ:あの当時も『Eingebrannt』と同様に、先鋭的なギターサウンドを愛好する人たちをかき集めて作った記憶がありますね。最近の人でも残響系とはまた違う系統の進化ではあるんですけど、特定の音楽ジャンルがあって。「こういうギターをずっと弾いてるな」みたいなクリエイターの直接的な影響元を辿っていくと、だいたいツミキかトーマさんなんですよね。当時はハチと同程度に支持されていた方で。

 なぜかちょっとthe cabsっぽいギターを弾く瞬間もたまにある人だったんですけど、その遺伝子が受け継がれて進化して、不思議なガラパゴスさを生んでいる気がします。その辺、三島さんってどう思ってるんですか?

【初音ミク】エンヴィキャットウォーク【オリジナル曲】 -

三島:お恥ずかしながら、まったくわからなくて……(笑)。ここ数年でそういう流れがあるんだと知りました。ツミキくんからベースの依頼を受けたり、キタニくんが『OOPARTS』(cinema staffの主催フェス)に出てくれて交流したりと、若い世代のアーティストと話をするようになって「そうなのね」と。

ーー三島さんは現在、cinema staffの活動と並行してプロデューサーや作家としてポップス領域のお仕事もされています。現代のポップスは複雑な構成の楽曲が非常に増えており、当時のバンドシーンとも近しい空気感のようにも思えるのですが、この変化についてはどう思いますか?

三島:アレンジメントという点においては、僕らがやっているよりも格段に複雑だと思います。ただ、楽器の演奏という点に絞ると、ギターの音色や配置の基本的な考え方には自分たちがやってきた音楽と近しいものがあるなとわかってきました。

三島想平 (Sohei Mishima) 『plan B』 Official Trailer

ーーその“近しさ”をもう少し詳しく伺いたいです。

三島:ギターのアルペジオ具合ですね。僕の感覚では「アルペジオなんてこの間まで全然流行ってなかっただろ!」みたいな感じで(笑)。昔は四つ打ち系のロックが流行っていたこともあってか、若手の頃は「もうcinema staffぐらいしかアルペジオなんてやってねえぞ」と言われていた時期もありましたから。それが今では、みんなすごくテクニカルなアルペジオの絡みを入れていたり、スピードも速くなってマスロックのようになっていたりしますもんね。

キタニ:アルペジオブームか……めちゃくちゃ面白いですね。toeが『THE FIRST TAKE』に出る時代だから、確かにアルペジオ、爆流行りと言っても過言ではないでしょう(笑)。

toe - グッドバイ feat. 土岐麻子 + 徳澤青弦 / THE FIRST TAKE

三島:その文脈はキタニくんやツミキくんが作ってくれたものだと思いますよ。

ーーそういった若い世代の音楽家たちが、残響系フォロワーともいえる音楽性を持つにもかかわらず、バンド形態ではなくボカロのような表現形態を選んで音楽を発展させていることについては、どのように感じますか。

三島:めっちゃ嬉しいですけど「なんで?」とも思います(笑)。バンドという形態は基本的にライブありき、演奏ありきで作っているけど、ボカロPだとバンド的な考え方で作らなくて良いので、なんでバンドをリファレンスにしてるんだろう? と不思議に思うこともあるというか。

ーー高度な技術を必要とする音楽を鳴らしたいと思った時に、仲間が集まらなかった場合の選択肢としてボカロPという活動形態を選んだ、というケースもあるのかなと思いました。

キタニ:テクニカルな音楽って、やっぱりギターを弾きたくなりますよね。結果的に一人でそういうことを突き詰めたくなるやつが率先して聴いて真似し始めやすいジャンルなのかもしれません。バンドでカバーするより、ギターを自分で弾けるようにして、宅録するとなったらドラムも打ち込んで……みたいな。そういう気質の人を呼び寄せるジャンルなのかも。

ツミキ:ジャンルとしてコード一発で書けるものじゃなくて、言ってしまえば「デザイン性が高い音楽」だからこそ、家にこもってやる方が性に合ってる人たちが集まっているのかも、と思います。

ーークリエイターとしての志向性と音楽性がマッチしたジャンルが“残響系”だった、ということでしょうか。

キタニ:あぁ、なるほど……ボカロでこういう音楽がいっぱいあるのはこれかもしれない!

三島:そこは僕も共感できますね。高校生の時はレコーディングエンジニアになりたかったんですが、それをやれる環境がまったくなかった。俺は歌えないし、楽器で曲は作っていたものの、当時はバンドでやるのが普通という感覚だったからバンドの道に進んだけど、もし入り口が今みたいにもう少し広がっている時代であれば、僕も一人でやることを選んだ可能性は大いにあるなと思うんで。そういう意味では現在はすごく良い環境になったと思います。

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