アーティストと研究者が語る「脳波と音楽の融合」がもたらす新たな可能性 『VIE Presents Neuro Music - Dive Into Your Brain』レポート

アーティストと研究者が語る「脳波と音楽の融合」

 2024年11月24日に『MUTEK.JP Pro Conference』の特別プログラムとして「VIE Presents Neuro Music - Dive Into Your Brain」が開催された。

 本セッションには、DJ/アーティストのLicaxxx、都市音楽家として活動するサウンドアーティストの田中堅大氏、そして慶應義塾大学環境情報学部准教授の藤井進也氏が登壇。また、モデレーターをMUTEK.JPの岩波秀一郎氏が務め、脳科学と音楽を融合した新しい音楽ジャンル「ニューロミュージック」の可能性について、意見が交わされた。

 本セッションは2023年の『MUTEK.JP』での藤井氏とビジュアルアーティスト/メディアアーティストの脇田玲氏のパフォーマンスを起点としている。藤井氏は当時のパフォーマンスについて、「イヤホン型の脳波計をつけて、リアルタイムに脳波のデータを取得してデータからヴィジュアルを生成したり、脳波のガンマ帯域を刺激するような帯域の音楽をコンポジションした」と説明する。このパフォーマンスでは、ローランドの電子ドラム「D-FLUX」にガンマ・ドラム音をアサインし、映像とともに演奏を行った。

都市音楽家として活動するサウンドアーティストの田中堅大氏
都市音楽家として活動するサウンドアーティストの田中堅大氏

 田中氏によると、ニューロミュージックとは、脳波の任意の帯域を増強・減衰するためにデザインされた音楽であり、聴取することで脳波への影響が科学的に実証された音楽である。脳波には様々なリズムがあり、速いものから遅いものまで、それぞれ異なった役割や特徴を持つ。例えば集中したい時には特定のリズムで脳波を刺激することで集中力を高めることができ、逆にゆっくりとしたリズムに同期させることでリラックスや睡眠に近い効果を得ることができる。

 具体的には、脳波は「デルタ」から「ガンマ」まで5段階に分類される。デルタ波は3Hz程度の非常にゆっくりとした波形で、深い睡眠状態と関連する。7Hzのシータ波は「整い」の状態、10Hzのアルファ波はリラックス状態、さらに周波数が上がるとベータ波による集中状態、ガンマ波による超集中状態へと変化していく。

 藤井氏は、音楽と神経科学の関係について、以下のように歴史的な文脈を示す。

「音楽を大学で研究するというと、音楽の作品や歴史の研究など人文科学領域をイメージする方も多いでしょう。自然科学的な数値やデータで音楽の美や感動を扱うことをタブー視するようなイメージもあるかもしれません。しかし90年代に神経科学が登場し、人の主観をデータ化できる時代に突入したのです。MRIや脳波計など、人の脳の状態を非侵襲に測る技術が出てきたことにより、音楽神経科学の研究が出現したことが革命的でした」(藤井氏)

 音楽神経科学における特に重要な進展として「音楽の予測符号化(Predictive Coding of Music)」の概念がある。これは音波を受動的に聴くのではなく、脳が積極的に予測しながら聴いているという考え方だ。この概念の発展により、同じ音楽でも聴く人によって体験が異なる理由が科学的に説明できるようになってきた。

 田中氏は、ニューロミュージックの歴史的な実験について興味深い事例を次のように紹介した。

「1965年にアルヴィン・ルシエという作曲家が、脳波計を装着して演奏する作品《Music for  Solo Performer》を発表しました。。当時アルファ波を調査していた科学者からの依頼を受け、8Hzから13Hz程度の帯域をそのままドラムのシンバルに紐付け、脳波の状況に応じてドラムが奏でられる、という作品でした。アルファ波はリラックス時に出現するため、ステージ上のパフォーマーがリラックスしなければならないという矛盾した状況や、演奏者の意思ではなく、脳波から奏でられるという「偶発性」の概念をコンポジションに取り入れたわけです」(田中氏)

 この実験は70年代にデヴィッド・ローゼンブームによってさらに発展し、脳波データを直接シンセサイザーに入力する試みへと進化した。しかし、当時の技術的制約について、藤井氏は次のように指摘する。

「昔の脳波計は有線で、多くの電極を接続する必要があり、頭皮にジェルを添付するなど計測の準備も大変でした。準備に時間を要し、頭がベタベタになりながらでないと脳波が測れないような代物だった。今はワイヤレスで小型の装置で測定できるようになり、音楽を作る人たちが民主的に活用できる時代になってきました」(藤井氏)

 このような技術進歩を背景に、VIEは革新的な取り組みを展開している。音楽制作ソフトで使用できるVSTプラグインを開発し、アーティストが脳波を刺激する楽器成分を含んだ音楽を制作できる環境をデザインした。さらに脳チューニング音楽アプリ「VIE Tunes」では、ユーザーの状態に応じて最適な音楽を提供している。

 このニューロミュージックは、2024年夏に京都の建仁寺で開催された「Zen Night Walk Kyoto」でも実践された。3万人以上が来場したこのイベントでは、Licaxxxも音楽制作に参加。その過程について、次のように振り返る。

建仁寺×デジタルアート×ニューロミュージックが生み出す「特別な体験」 人間の想像力を引き出す“禅寺と音楽神経科学”の可能性

「京都最古の禅寺」である建仁寺で、新たに夜間特別拝観が開始される。脳をリラックスさせるニューロミュージックや、デジタルアートと枯…

「音が重要な展示だったので、音の干渉を調整することが大変でした。お寺は建物が繋がっているので、廊下のような空間での音の干渉をすべて調整する必要があり、さらに脳波が立つかどうかという問題もありました。制作時は普段のフィールドで、自分が情報なしにかっこいいと思えるものに仕上げようと意識しながら、VIEのプラグインで脳波が立つような仕組みを組み込みました」(Licaxxx)

藤井氏とDJ/アーティストのLicaxxx(右)
藤井氏とDJ/アーティストのLicaxxx(右)

 田中氏はイベントのコンセプトについて、「禅寺という環境で自分の内界と向き合い、音波という外界の波を聴いて同調することで禅的な心境に浸る」ことを目指したと説明。会場では、刺激を徐々に変化させ、最終的にガンマ波帯まで上げて再び整うという、サウナと水風呂のような体験を意識した構成が採用された。

 その後、セッションは、音楽の本質的な役割と未来への展望へと発展。田中氏は次のように語った。

「僕の音楽研究の原点は、社会的意義のあるコンポジションを探求することです。音楽が与える情動的な感覚を越えたところで、その音楽が社会や空間にどのような影響を与えられるかに興味があります。それが都市であれ、人間であれ、聴く人の状態や空間に寄与できるのなら、それこそが僕が目指す音楽なんです」(田中氏)

 これに対してLicaxxxは、DJとして「直感的にいいなと感じたものを紹介する」ことの重要性を指摘。その感覚に科学的な裏付けが加わることの意義を強調した。この視点に藤井氏は深い関心を示し、「これがいいなと思うものは既に頭の中にある」として、その感覚自体がニューロミュージックの本質を示していると指摘した。

 このような対話を経て、藤井氏は音楽理論自体の再構築という大きな可能性を提示する。

「なぜ音楽理論は西洋音楽理論をもとにコンポジションするのでしょうか?コンピューターミュージックがあればそれを壊すことができます。そして、自分がかっこいいと思うものに基づいて作曲する。そのかっこいいという感覚は脳の中のある心の状態の一つでしかありません。これを理解し作曲する理論を作れれば、音楽のあり方がもう一歩進化できるはずです」(藤井氏)

慶應義塾大学環境情報学部准教授の藤井進也氏
慶應義塾大学環境情報学部准教授の藤井進也氏

 さらに藤井氏は、ニューロミュージックの発展が音楽家の新しい可能性を開くと指摘。現在のミュージシャンの職域は産業的に限定されているが、"ニューロミュージシャン"という新しい形態が生まれる可能性があるという。特に音楽療法の分野では、現状以上の可能性が潜在していると藤井氏は語る。より多くの作曲家が人に作用する音楽を制作することで、その可能性は更に広がっていくという展望を示した。

 また、田中氏はこの提案を実践的な視点から発展させた。

「今までにない音楽が作曲でき、それらの音楽が実際に医療や科学との相互作用的に発展する。そういうことができると音楽への新しい可能性がひらかれるのではないでしょうか。VIE Tunesはそういう野望があるアプリです」(田中氏)

 さらに田中氏は、VIEが開発している脳波測定デバイスの医療現場での活用や、MRIやfMRIによる脳波の可視化など、テクノロジーの進歩がもたらす可能性についても言及。「アートとテクノロジー、両方の領域を横断する人が未知の音楽をつくれるようになるのでは」と期待を示した。

 一方、Licaxxxは、より実践的な観点から「曲を作っている時に集中しすぎて注意力散漫になることがあるので、そういったところを改善していくニューロミュージックがあればいい」と指摘。「将来的には音楽の『いいね』の裏付けのひとつとして発展し、ナチュラルに使われるようになっていく」と予測する。

 最後に藤井氏は、"Neuromusic as MUTEK"という概念を提示し、ニューロミュージックの本質的な可能性について次のように語った。

 「音楽がこの世に生まれた起源は心を変革する技術だったという仮説があります。つまり人類は音楽(MUSIC)というテクノロジー(TECHNOLOGY )を手にしたからこそ人類に変異(MUTATION)したという仮説です。今のニューロミュージックという新しい音楽技術のフレームワークを使えば、音楽を新たなステージに進化させることができ、それによって人類も新しいステージに進化する。これが起これば本当に面白い時代がやってくると思っています」(藤井氏)

 このように本セッションは、ニューロミュージックを単なる新しい音楽ジャンルではなく、芸術、科学、そして社会を繋ぐ革新的な音楽フォーマットとして位置づけるものだった。 それは、単なる音楽体験の進化にとどまらず、人間の潜在能力の解き放ち、そしてより豊かな社会の実現へと繋がる可能性を秘めている。 アーティストと科学者、さらには医療従事者など、異分野の協働によって、ニューロミュージックは人々の生活の質を向上させ、人類の進化に貢献していくはずだ。

※1:Vuust, P., Heggli, O. A., Friston, K. J., & Kringelbach, M. L. (2022). Music in the brain. Nature Reviews. Neuroscience. https://doi.org/10.1038/s41583-022-00578-5
※2:Savage, P. E., & Fujii, S. (2022). Towards a cross-cultural framework for predictive coding of music. Nature Reviews. Neuroscience. https://doi.org/10.1038/s41583-022-00622-4

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