耳を通じる脳波と音波、『うたメモリー』が示す人間と音楽の原始的な関係性

人間と音楽の原始的な関係性って?

 ブレインテック企業のVIE株式会社が11月19日、東和薬品およびNTTデータ経営研究所と共同開発する、記憶想起トレーニング装置「うたメモリー」のテスト販売を応援購入サービスMakuakeで開始した。

 また製品発表会も同日行われ、VIEの代表取締役・今村泰彦氏、東和薬品の執行役員渉外統括部長・田中俊幸氏、慶應義塾大学の環境情報学部准教授・藤井進也氏が登壇。この日本発のニューロプロダクトの価値とは。

 脳科学を応用したブレインテックの市場は2024年現在、4.5兆円にまで到達(そのうち3.8兆円が創薬を除く医療ヘルスケア分野)。最近だとイーロン・マスク氏が設立者として名を連ね、2件の脳インプラントに成功したNeuralink社が有名だが、その分野の技術をエンタテインメントと組み合わせて開発する日本企業がVIE社である。

 「うたメモリー」は同社に加え、非薬物的なアプローチを模索する東和薬品、神経科学領域の事業支援を行うNTTデータ経営研究所の3社がパートナーシップを締結して開発。誰しもが経験したことがあるであろう「懐かしい曲を聴くと思い出が蘇る」という効果を応用して記憶力を高める製品だ。

VIEの代表取締役・今村泰彦氏

 使用ステップとしては、まず専用アプリを開いて自身の青春の年代(60s/70s/80sのみ。今後90年代以降も実装予定)を選択、Apple Musicと連携した豊富な楽曲ラインナップを脳波イヤホン「VIE ZONE」を用いて聴くところから始まる。

 個人的には脳波計測にヘッドギアなど仰々しい機材を必要とするイメージがあったが、イヤフォンで計測できることに驚いた。これについて今村氏はこう話す。

「脳波測定で一番の障壁は頭蓋骨と髪の毛。以前は頭にジェルを塗り、キャップを装着しないと計測できませんでした。ところが耳は少し離れているものの、頭蓋骨への穴が両側に開いてるし、髪の毛も生えていない。そういった理由で最近は注目されていたんです」

 なるほど、現代において耳は音波だけでなく脳波の通り道としても機能するようだ。この技術込みで定価49,800円という価格は決して高くはないが、今後さらに価格を下げたいとも語った。

 続いてアプリから流れる音楽に対し、1曲ずつ「なつかしい」「ふつう」「なつかしくない」と評価していく作業へ。これによって聴取時の各個人が懐かしいと感じる曲を分析し、その特徴と脳波データをもとにパーソナライズしたプレイリストをAIが作成する。

 さらに付属するメモリーノートに楽曲を聴いた当時の思い出を書き記して、記憶をより鮮明にしていくという流れ。将来的にはユーザーが集まれるオフ会の定期開催も目指す。

 日本人研究チームが今年、国際学会「The Neurosciences and Music」で発表した実験結果(※1)によれば、個人的な「なつかしさ」を覚える楽曲やそれに似た音楽群を聴くことで、感じる懐かしさが3.7倍、幸福度と記憶の鮮明度がともに14倍に増幅されたという。

 ただ数十人規模の調査人数であり、田中氏も「現状『うたメモリー』に認知症の予防や治療に効果がある訳ではない。将来的には認知症の方に向けた製品を開発できないかといったところを考えている」とし、あくまで目的は記憶想起トレーニングだと強調していた。

 ただ今後「うたメモリー」などの技術が普及すれば、より多くかつ詳細な効果が明らかになるだろう。本製品が医療目的で使用されれば、高齢者の記憶が音楽とともに補強される未来が待っているのかもしれない。

 しかし、その一方で極めてプライベートな「脳波情報」が権力やプラットフォームに管理されるということの危うさも同時に孕んでいる。これをどう取り扱い、保護するかについては昨今の生成AIと同様に激論が交わされるだろう。

東和薬品の執行役員渉外統括部長・田中俊幸氏(左)と慶應義塾大学の環境情報学部准教授・藤井進也氏(右)

 この技術に関連して、昨年発表された大きなニュースのひとつに「脳波から聴いている音楽を再構築する技術」の発表(※2)があった。それに関連する研究ついて藤井氏が「訓練された音楽家の脳の方がよりクリアに音波の元情報を取り出せる」と教えてくれたのだが、その音が「音楽ではなく言語音」という話が非常に印象的だったので最後に紹介したい。

「音楽経験がある人の脳の方が、聞いた音声のピッチ情報の抽出が優れていたという研究があります(※3)。だから音楽は音楽そのものだけでなく、音声による情報処理やコミュニケーションとも密接に関わっています。音楽トレーニングは音楽能力だけでなく、音楽以外の能力に波及効果がある可能性があります。だからアメリカは音楽の脳神経科学や医科学分野を応援するし、能力開発や教育を考える上で音楽が非常に重要であることを認識しています」

 要するに音楽訓練は“聴く耳”だけでなく“聞く耳”も育てるということだ。だから音楽を学ぶことは決して単なる趣味や享楽で終わることがなく、むしろ分断の時代に一矢報いる調和の感覚となりえる。

 そうなれば、いよいよ「音楽は食えない(だから辞めろ)」という悪口もオワコンだ。いにしえにおける音楽はビジネスのための道具ではなかった。古くは宗教儀式や言い伝え、現在ではセレモニーや映画・アニメなど、音楽に始まり音楽に終わるフォーマットが多いのも「音楽が経験や感覚をブーストする」という人類の感覚に基づいているからではないだろうか。

 脳と音楽の研究は原初における人間と音楽との関係性を再考させてくれるに違いない。

 残念ながら、日本の音楽科学分野(情報科学/知覚認知科学/発達科学/情動社会科学/脳神経科学/医科学)における、2021年の論文出版数はアメリカ、中国、イギリス、フランス、ドイツ、カナダ、オーストラリアを含む8カ国のなかで情報科学の4位以外は最下位(※4)。

 しかし、前掲した国際学会「The Neurosciences and Music」の発表のように日本発の新しい発見も出始めている。「うたメモリー」のようなプロジェクトが、我が国の技術力とともに世界に発信されることを願う。

※1:https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2024.10.29.620793v1
※2:https://gigazine.net/news/20230816-brain-music-reconstructed/
※3:Wong et al., 2007; https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17351633/
※4:https://www.jst.go.jp/moonshot/program/millennia/pdf/report_15_nishimoto.pdf

■プロジェクト情報
懐メロ記憶想起トレーニング「うたメモリー」
Makuake応援購入の詳細:https://www.makuake.com/project/uta_memory/

■関連リンク
VIE株式会社 製品情報:https://vie.style/
VIE株式会社 会社情報:https://www.viestyle.co.jp/

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