脳科学とAIが融合した最新テクノロジー「ニューロミュージック」とは? 宇川直宏や『攻殻機動隊』制作チームが語り合う
次世代型ウェアラブル脳波計の開発とニューロテクノロジーの社会実装を行うVIEは、『攻殻機動隊 SAC_2045』とスペシャルコラボを実施。その第1弾として、2023年12月に行われた電子音楽とデジタルアートの祭典『MUTEK.JP 2023』に参加し、ゲストカンファレンス、ライブ及びワークショップを行った。
昨今、生成AIの登場によって、社会は新たに変化をしていく兆しを見せている。このような新たなテクノロジーの登場と同時に視覚認知や聴覚認知など感覚入力の処理、記憶、学習、予測、思考、言語、問題解決など高次認知機能、あるいは情動に関するものなど、ヒトを含む動物の脳と、それが生み出す機能について研究する学問分野である「脳科学」も急速に進展しているという。
脳に表現されている様々な情報やその処理様式の基礎科学的理解に基づき,脳情報を読み解き・書き込み・伝送・ 仮想化する技術「ニューロテクノロジー」を活用し、VIEは脳に作用する音楽「ニューロミュージック」に関わる最新プロダクトとして、最近、脳チューニング音楽アプリやニューロミュージック制作のための音楽クリエイターツール、さらに自社で開発したイヤホン型脳波計「VIE Zone / VIE Chill」を発表。
ニューロミュージックとは、「脳波の任意の帯域を増強・減衰するためにデザインされた音楽」であり、聴取することで、脳波への影響が科学的に実証された音楽のこと。人間の精神・身体に影響することを目的に作曲され、「集中力の向上」「リラクゼーション効果」などの特定の効用があるようにデザインされている。
脳チューニング音楽アプリ「VIE Tunes」では、直感的なスライダー機能により、「現在の状態」から「RELAX(リラックス)」「SLEEP(睡眠)」「FOCUS(集中)」といった5つの「なりたい状態」を選択すると、アーティストが制作したニューロミュージックが最適な脳状態へ誘導してくれる。
また、上位モデルの「VIE Tunes Pro」は、「VIE Zone / VIE Chill」と連携させることで、脳波を取得・解析してAIモデルを作成。仕事や瞑想、ヨガ、サウナ、睡眠、様々なシーンの脳状態を数値化し、パーソナライズされたニューロミュージックを聴くことができる。
そのようなニューロミュージックをアーティストが制作するためのツールが、Abletonと協力して開発された「Max for Live」用ツール「Neuro Music Kit」だ。同ツールには、アーティストが作成したトラックの周波数を脳をリラックスした状態にするシータ波や集中した状態にするガンマ波など、5つの状態に誘導する周波数に変更できるシンセサイザーをはじめ、音自体に先述の周波数帯域の揺らぎを与えるLFO系のエフェクト、特定の帯域に特化したドラムラックが含まれている。現在はアーティスト向けに配布されているが、VIEでは同ツールを用いて制作された楽曲が脳波に与える効用検証も行ないニューロミュージックの製作支援を行っている。
12月6日にMUTEK前夜祭として配信されたDOMMUNEの特別番組『VIE Presents : "Neuro Music Workshop Vol.01 - 音楽と脳科学"』では、VIEの代表取締役の今村泰彦氏と同社のチーフ・ミュージック・オフィサーであり、慶應義塾大学環境情報学部准教授の藤井進也氏、そして、DOMMUNE代表の宇川直宏氏が出演。最新の脳科学と音楽に関する研究成果に基づいて、音楽がもたらす脳への影響の最新知見やニューロミュージックの可能性を語り合った。
音楽は脳の状態や感情に大きな影響を与える。番組では、最新の脳科学の事例として、シータ波を誘発してリラックス状態に導いたり、従来の麻酔を促進する研究や認知症の予防・改善のために40Hz変調音「ガンマミュージック」に加工する技術が研究されていることが説明された。
音楽を聴くことで脳は変わっていくのかという問いかけに対し、藤井氏は「人が人らしく生きるためにに音楽を聴くことが大事」と述べ、その意見に同意した宇川氏もDOMMUNEの取り組みについて、「DOMMUNEは炊き出しのようなもの。無料で音楽配信することで視聴者の生活がどう変わっていくかの社会実験としてやっている」と語った。
音楽の起源は、諸説があり、現在も研究が続けられている。番組の後半では、音楽が生物学的に有用とするダーウィンの性選択仮説を始め、それに対し、「音楽がなかったとしても人間のライフスタイルは変わらない」とするスティーヴン・ピンカーの「聴覚チーズケーキ仮説」や、アニルド・パテルによる、ある技術が人類社会に大きな影響を与える発明であったため、人間の生物としてのあり方やライフスタイル自体に大きな影響を与えたとする「トランステック」仮説といったこれまでに学術的に研究されている有名な仮説を藤井氏が紹介。
さらに最近、有力視されているという、音楽は進化上非常に意味があり、人と人との結束力を高めるという概念の「社会的結束のための共進化システム」仮説やもうひとつの最新の仮説である「信頼できる信号」仮説が紹介された。また、藤井氏が「信頼できる信号」仮説について、「人間には信号を受け取っているという概念があるが、その信号が信頼に値する正直な信号かどうかが重要になる」と説明すると、それを受けて宇川氏はこう自身の考えを述べた。
「例えば、今のテクノは正直じゃない。"こんな風に感情を引き上げたいからこのエフェクトをかける"みたいな感じでその気にさせられている。それに僕らは慣れてしまっている。でも、原初的な記号として打楽器を叩くという行動がピュアかと言われるとそうではなく、生命の発露としての音楽の第一音だと思っている。ただ、TB-303を本来の使い方とは異なる使い方して生みだされたグニョグニョしたアシッド音によって、人々が複雑な高揚に導かれる行為も美しく思っている。だから、人間の感情を高める脳波をいかに出してくれるのか。それを誘発する音楽に区別差別はないと言いたい」
今村氏はニューロミュージックに関するVIEの取り組みについて、藤井氏が紹介した仮説は総合すると全て正しいとした上でこう発言した。
「今、精神疾患の人や認知症の人が増えてるが、それを音楽によって解消するテクノロジーがニューロミュージック。また脳を刺激してセロトニンやドーパミンといった脳内物質をちゃんと出さないと脳は正常に機能しない構造になっている。そのことがだんだんわかっていくことで音楽の再発見が行われていく」
さらに番組では、トークパート終了後にVIEのニューロミュージック制作を手がけるアーティストのKeigo Tanakaがガンマ波を放出する楽曲を使ったDJプレイを披露。この日の配信はSNSでも大きな反響を獲得したが、来年は第2弾として、脳内報酬系と脳内物質にフォーカスした内容で開催する予定だ。
また、12月10日には渋谷ストリームホールにて、ワークショップ、トークイベント、ライブなど総合的なカンファレンスプログラム『MUTEK.JP 2023 VIE Presents Conference Program “Neuro Music - Dive Into Your Brain”』が行われた。
この日のトークセッション「攻殻機動隊 SAC_2045 : Special Collaboration」では、前夜祭に引き続き、藤井氏が登壇。さらにゲストスピーカーとして、慶應義塾大学環境情報学部教授の脇田玲氏、映画『攻殻機動隊SAC_2045』プロデューサーの牧野治康氏と笹大地氏が登壇し、脳と融合した音楽のあり方を通して、未来の人間像が探られた。
トークセッションでは、笹氏から最新作となる映画『攻殻機動隊 SAC_2045』とNetflix版とは異なる内容についての説明が行われたほか、本作の主人公である草薙素子の設定や、新キャラクターである江崎プリンの役割が紹介された。その中で牧野氏は、AIと人間が融合した近未来を描いた『攻殻機動隊 SAC_2045』の世界観を通じて、エンターテイメントの役割は今の世の中にいる人々が望む未来を提示して満足してもらうことにあると発言。
「AIを使った未来がディストピアになりがちなのは、それを人々が望んでいるからこそ、その願いをキャッチして作品に込めるエンターテイナーが多かったことが理由だ。しかし、今回は、AIがテーマであり、ポストヒューマンという人間を超越するシンギュラリティの後の世界の人類を描く以上は希望を持って描きたい。なぜならそれが原作者の士郎正宗先生のモットーでもあり、それを今回は監督のひとりである神山健治監督が忠実に守りながら、希望のある終わりを描いた」
その考えが音楽のあり方と同じだという藤井氏は、VIEの脳波イヤホンもある種の希望が持てるプロダクトになっているとし、その理由を次のように述べた。
「20年前に音楽をサイエンスで研究したいと言ってもそんな主観的なものをどうやって探求するんだと言われるなど、なかなか受け入れてもらえなかった。今むしろ科学の方が音楽に寄り添ってて、科学が音楽を理解しようとすることで、人々の主観や意識、心とは何かなど、今、人々が知るべきことに本当に音楽がリーチできる。これまで概念としてカテゴライズされていなかったものを人類のために希望を考えていこうというスタンスがあることを今回の『攻殻機動隊SAC_2045』とのコラボレーションで考えていた」
今回のコラボレーションが始まった経緯は、コロナ禍中の2020年にKDDIと『攻殻機動隊SAC_2045』による拡張体験「UNLIMITED REALITY」がきっかけだ。VIEと『攻殻機動隊 SAC_2045』の2者はKDDIの紹介でつながったが、笹氏はVIEとのコラボレーションについて感じたことを次のように笹氏は語った。
「VIEの脳波を検知するグッズを実際に体験して、ちょうど草薙素子が身体につなぐプラグとイメージが重なったことでこんな良いコラボレーションはないと思った。その段階でMUTEKとも3者で何か一緒にやりたいと提案してもらっていたが、攻殻機動隊としても電子音楽とデジタルアートの祭典であるMUTEKとは親和性の高さを感じていた」
また、脇田氏は実際にVIEの脳波イヤホンを使用した感想を「サイボーグに付けるジャックインというよりは普通のイヤホンやヘッドホンを付ける感じに近い。サイボーグというよりは機能的サイボーグというか非侵襲的だ。そういうプロダクトがすでにあるというリアリティにびっくりした」とコメント。
藤井氏はそれを受けて、これまでのニューロサイエンスでは脳波を計測するために大量の電極を取り付けるなど手間がかかるといった課題があったことを説明。それがイヤホンで可能になったことで、自分の脳で音楽を操作できる可能性が生まれた。それがニューロサイエンスにとって非常に大きいポイントとし、次のように述べた。
「通常、音楽とは非常に一方的なものだが、人間の脳は音波から音楽を作った人の情動やグルーヴ、ライブをしていた空間やそこでやりとりしていた熱量を瞬時に解読して脳の中で展開できる。情報の圧縮デコーディングとしてはすごいものになっている。そこにVIEの脳波イヤホンが加わることで自分の脳波を測りながら、その時代の音楽と一緒になっていける。さらに自分の心身の状況まで変化させ得るデバイスになっている。このような仕組みは攻殻機動隊が描く世界とも近しいものになっていると感じている」