xRの発展によってヒトの「知覚」は変質するか 空間体験デザイナー・sabakichiに聞く、可能性と課題

空間体験デザイナーに聞く、「xR」の可能性と課題

 現実空間への「データ」の進出は、SF作品を始めとする“空想”として語られてきた定番のトピックスの一つである。しかし、2000年代以降「エアタグ」を始めとする「AR(拡張現実)」技術が登場し、空想は現実のものとなった。

 「AR」や、ここ数年の間注目を集めた「VR」に次いで、2023年もっとも話題となったのは「MR」だろう。Metaは『Quest 3』でパススルー技術によるリアルとバーチャルの融合を一般化させ、Appleは『Vision Pro』で「空間コンピューティング」を定義しようとしている。世界最大手のテクノロジー企業はすでに現実空間へのアプローチを始めており、こうした技術は変数を意味する「x」を用いて「xR」と総称されている。

 今回、リアルサウンド編集部ではVR/MRを軸に空間体験デザイナーとして活躍するsabakichi氏にインタビューを実施。xRが秘める「メディア(媒体)」としての可能性と課題、新たな体験によって我々に起こりうる「知覚の変質」についてじっくりと話を伺った。(編集部)


■sabakichi / Yuki Kinoshita

Experience Designer, Design Researcher, Visual Artist, Photographer

1986年生まれ。アトリエ系デザイン事務所にてArchitectural Designerとして従事したのち独立。2018年より、体験デザインスタジオ「Domain」主宰。
空間デザイナーとして培った設計スキルと、グラフィックから空間に至るまでを統合的に設計・実装するトータルデザインの経験を活かした体験デザインを得意とする。

身体と空間、知覚表現を輻輳〈Multiplex〉させ、xR技術によりあらゆる現実を統合・拡張する「超越的体験デザイン〈Trans-Experience〉」の設計をテーマに掲げ、インタラクティブなニューメディアコンテンツの企画立案 - ブランディング - 空間体験の設計・デザインを主な領域と定め活動を行っている。

「デジタルの世界の中に『空間が実在している感覚』を体感して、ショックを受けた」

――sabakichiさんは現在、デザインスタジオ「Domain」の主宰としてVR/MR空間のデザインを数々手がけられていらっしゃいます。もともとはデザイン事務所で空間や建築にかかわるお仕事をされていたそうですが、より「空間体験」に寄った活動に至ったきっかけとは?

sabakichi:以前の事務所にいた際、一番最後にたずさわった仕事で「自分がやりたいこと」に対する気付きがあったのが大きいです。

 当時、博物館の全体をリニューアルして入口にカフェを併設するプロジェクトを担当していたんですが、空間設計はもちろん、カフェ自体の商品企画やブランディングもディレクションしながら進めたんです。

 そのときに、「僕はそもそも空間設計はやりたかったけれど、建築を建てたかったわけではない」と気が付いて。建築だけを設計したいのではなく、建築の周りを含めた“体験”全てを作りたかったのかもしれないと。なのでその後独立するとき、空間設計を軸にして体験を紡いでいくことを中心にやっていこうと決めました。

ーー2018年12月の「Domain」設立に前後して、10月にはmemex「Cloud Identifier」のMV制作など、さっそくVR関連の制作に携わられていますね。もともとVR領域とも関わりがあったんですか?

sabakichi:いえ、VR領域に携わるようになったのは仕事をやめてからできた時間でHTC『VIVE』を手に入れてからなんです。デジタルの世界の中に「空間が実在している感覚」を体感して、空間デザインをやっている身としてショックを受けたんですよね。「空間あるじゃん」と。ただ、設計者としてはそこに空間があるならそれも設計の対象にするべきだろうと、バーチャル空間をデザイン対象に据えたいという気持ちがでてきました。

memex - Cloud Identifier MV

――「ショックを受けた」というのは、リアルの空間や建築というと地形や土壌など物理的な制約があるのに対し、バーチャル空間ではある程度物理的な制約から解き放たれるという違いにショックを受けたという意味合いもあるんですか?

sabakichi:実はそこにはそんなにショックを受けていなくて。というのも、僕は中学生くらいの頃からパソコンを触っていた、パソコン通信などもぎりぎり知っている世代なんです。インターネットって「サイバー空間」という表現を用いたりもしますし「物性を伴わない空間性」という概念は自分の中に持っていたので、そこに関してズレは感じなかったです。

 ただ、そこに人が実際に存在して過ごしていたりと、現実の建築活動と結構似ている部分があったりして、実際に知覚可能な空間がそこにあって、そこに「場」があるという合わせ技がちょっとショックだったんですよね。

――そこに自分も入っていくとなると、さらにまた大きな転換点となりそうです。デザイナーとしてのご経歴と、新たに出会った「バーチャル空間」が交わったのはどのようなタイミングでしたか?

sabakichi:2018年から『VRChat』(※1)を触り始めたんですけど、当時のユーザー層はクリエイターが中心だったんですよね。ただ、みんな作ってはいるんだけど僕の考える「デザイン活動」とは少し異なるとも感じていて。

 僕にとってのものづくりって、物事をデザインの対象として捉えて、さまざまなデザインのメソッドを用いることで設計したり全体性や構造を組み立てたりすることなんです。それが僕の仕事だし、唯一の道具でもあるので、そういう視点で見てみると(2018年当時の)バーチャルの文化圏ではまだあまりデザイン活動が行われているわけではないなと。なのでそこに僕が違うニュアンスを差し込むことができればもっとこの世界が面白くなるんじゃないか、という思いはありました。

【※1『VRChat』……米・VRChat社がサービスを提供している世界最大のソーシャルVR。】

――その時期から『VRChat』に関わり始めている影響は大きいですよね。2020年などであれば全然違う景色だったでしょうし、当時の『VRChat』だからこそ「なんでもできる」という可能性が見えたんじゃないかなと思います。ある意味空き地、遊び場的な場所として盛り上がっていた側面もありますよね。

sabakichi:そうですね。当時は時間の余裕があったのも幸運でした。職業クリエイターって、時間がないじゃないですか。僕が『VRChat』を始めたときも、建築系の人に「面白いから触ってみてよ」と言っていたんですけど、やっぱり忙しいから触れないんですよ。

 そもそも、必要とされる技能や経験のことを考えても、xR系の空間デザイナーはセカンドキャリアじゃないと成立しないものだと思っているんですよね。ある程度プロフェッショナルとしてやっていけるようになった後に、それを土台にして別のところに踏み込んでいくという混交のメディアだと思うんです。それこそ、最近はひと区切りついたり、転職を機に参入している方が多い印象です。

――そうして参入された直後に取り組まれたmemex「Cloud Identifier」の制作ですが、こちらはどのような形で参加されたんでしょう?

sabakichi:「Cloud Identifier」に関しては、お仕事というよりも『VRChat』のコミュニティで出会ったmemexのぴぼさんと「一緒に何か面白いことができるんじゃないか」という話で盛り上がったのが始まりでした。そこで『VRChat』内でMVとその制作システムそのものを作るという取り組みがスタートして。

【VRChat一発録り無編集】Cloud Identifier MVメイキング映像

 あのプロジェクトはそもそも、「バーチャルなMV」や「バーチャルなライブ」って何だろうみたいなことを考えているときに、いずれ実現するであろうみんなが見えている道筋のものをやってもしょうがないので、“すごく先にいったもの”をやってしまったらどうかということで、ノリと勢いで始めたものだったんです。バーチャルの中には、リアルとはまた別の「現実」と「空間」があるから、それならそこで「ものづくりを全て完結させてしまえばいいじゃないか」という発想でした。

――あの作品には「これくらいのことができたらいいな」といったみんなの夢が詰まっていたのでいろんな人の自信にもなったと思いますし、「こういうことをやりたい」という憧れも含め、あのMVを中心にいろいろ広がっていった感覚があります。

sabakichi:そう言っていただけるのはありがたいです。

 あの時期は特に、バーチャルの世界ではみんな「コロンブスの卵」を割りたい放題だったんですよね。次から次へといろんなものの見立てを作って、新しい着想をしていた。グローバルでもやってないものが無限にあった時期でしたし、自分たちもあのMV制作を通じた取り組みで「やっちゃおうぜ」ということを一応提示できたとは思っています。

memex「CloudIdentifier」Music Video + Virtual Creation Studio

ーー制作の過程で記憶に残っているエピソードはありますか?

sabakichi:それでいうと、あれはそこまでルック等のクオリティを優先したプロジェクトにしなかったことでしょうか。ものづくりに対して見た目を優先する発想もありますけど、当時はいろんなものがトレードオフの関係にあったのも理由のひとつです。

 たとえば、当時はGPUの型番が「RTX」始まりじゃなかったんですよ。「GTX1000」シリーズが最新のころかな。僕も比較的性能が高いものを買って使っていたんですけど、それでも当時は『VRChat』のシステム的にも一定以上の複雑なことをすると動作がガクガクだったんですね。なのである程度何かを捨てて何かを一気に取る、みたいなことしかできなかった時代でもあった。でも、ああいう割り切りみたいなものはきっと現在もあるんでしょうね。

――いまはまた別種の制約、限界がありますからね。その後も『バーチャルマーケット』を始めさまざまなバーチャル案件にかかわっていくことが増えていっていますね。

sabakichi:そうですね。『バーチャルマーケット』については知り合いづてにやってみないかとお誘いいただいて、いろいろ勉強させていただきました。あのときのムーブメントというか、0から作ってやるぞという湧き上がるマグマのような内部の熱さを感じられたのは良かったですね。

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