xRの発展によってヒトの「知覚」は変質するか 空間体験デザイナー・sabakichiに聞く、可能性と課題

空間体験デザイナーに聞く、「xR」の可能性と課題

「身体感覚が書き換えられていく、不可逆に変更されてしまう可能性を感じた」体験

――面白いですね。メディアの進化で言うと、空間ビデオやフォトグラメトリなども、いままで平面で写真を撮っていたものを3Dとして情報量を増やして残す技術という風に考えると、それもまた順当に進化しているということですよね。

sabakichi:そうだと思います。だから、やはりxR技術は突飛なものではないんです。3Dのネイティブなメディアは最終的にはやはり3次元空間でしかないんだと思いますし、我々にとっての「ネイティブのメディア」に段々近づいてるのかなという気がします。

 空間を知覚するときに基準になるのって、自分の身体なんですよね。この世に絶対的なものは自分の意識と身体しかない。自分の身体こそあらゆる世界を知覚する基準だし、空間を自覚する基準になるんです。

 バーチャル空間で僕が面白いと思った体験が1つあって。最初の『バーチャルマーケット』の会場に「モクリ(※)」というキャラクターのアバターになれるペデスタル(サンプル)が展示してあって、それを試着したことがあったんです。そうしたら手がめちゃくちゃモフモフで、面白いからその体のまま、自分の手がモフモフになっているのを見ながら2、3時間会場を巡っていたんですね。

(※モクリ……VR発のキャラクター。半人半獣の姿をしており、手足が獣のものだったり尻尾が生えていたりする)

 それでその日はログアウトして寝たんですけど、その日の夜、手がモフモフになっている夢を見たんです(笑)。それが忘れられなくて。それまで人間の身体って、自分が人間である限りある程度共通しているものだと思っていたんです。もちろん、例えば身体に不自由がある人などいろんな方がいらっしゃいますけれど、どのような多様性にせよ、我々が捉えている人間という大枠のフォーマットの中にはある程度収まっているという認識を皆さん共有していますよね。

 でも、その認知をバーチャル空間内では編集できてしまうことが衝撃でした。あとは、夢の中では身体がモフモフしているだけでなく、『VRChat』のスーっと移動していく感覚も染みついていたんですよ。それを感じて、身体感覚が書き換えられていく、不可逆に変更されてしまう可能性を感じたんですね。非侵襲型のVRデバイスで、侵襲型の何かが起きてしまっている。それは危険なところでもあり希望でもあると思うんですけど、すごく面白くて。

 こういった感覚を「ファントムセンス」と言う人もいて。バーチャルリアリティで全く違う身体を体験して戻ることで“不可逆な認知の編集”ができるのなら、もっと我々の生活を豊かにする方法もありそうだということに気付いたんですよね。

 例えばVRでトレーニングをすることによってものの数分でけん玉ができるようになるという『けん玉できた!VR』を前にやらせてもらったことがあるんですけど、本当に数分でけん玉ができるようになるんです。その可能性って、もっと他に応用できると思いますし、もしかすると我々が想像しうる「人間ができること」を超えることができるようになるかもしれないんじゃないかと。

――人類が飛躍的に進歩するヒントになる気もしますよね。

sabakichi:先ほど道具の話をしましたけれど、人間って結局身体を拡張させたい生き物で、それって「身体を編集したい」という欲求だと思うんです。ICチップを埋め込んだりして身体を改造しているバイオハックをやっているような人たちも、多分道具としての自分を拡張したいという欲求からそうしていると思うんです。

 自分の身体や認知ごと編集できるんだったら、例えば狭い部屋に住まなくちゃいけない人たちがいたとしても、その場所を豊かな空間として感じさせることができるし、そうすることで本人たちがそれで満足できる可能性もありますよね。

 もしくは壮大な体験をVR技術ではなく、彼らの身体感覚にインストールすることで普段の生活の認識を変えることができるかもしれない……そんな可能性は十分にあるかなと。バーチャル、VRで空間設計をやっているのには、そういった部分への期待もあるんですよね。

――それこそインターフェースをなくしていくという話にも繋がっていきますね。sabakichiさんが直近に出会った、考え方をアップデートするような体験だったりコンテンツ、デバイスはありますか?

sabakichi:わかりやすいコンテンツの話でいくと、ABBAのコンサート『Voyage』がとてつもないことをやっていて、観客のリテラシーが高くなければ成立しないステージを作っているんですよ。

ABBA Voyage - Official First Look Trailer

 『Voyage』ではメンバーの若い頃を3Dで再現した姿が出てくるのですが、モーションキャプチャーは本人たちがやっていて。それが巨大な2Dセットに登場するんですけど、これのすごいところはその規模なんです。

 2Dなんだけど3Dに感じるという、ある種のバーチャルリアリティ舞台がこの規模で展開されていて、さらにそれをお客さんは一定の約束のうえで「本物だと思い込む」という、究極の黒子みたいな「概念」のやり取りが成立するというのに感動しました。すごく未来だなと思いましたね。

――観客側からすると、現代の本人のモーションで若い頃の姿を見るという、先進的な技術を使って昔に思いを馳せるという面白さもありますね。

sabakichi:そうですね。ABBAのあのステージは最高の「ライブの追体験」なのかなと思います。

 あとは事例ではないですが、やはり『Apple Vision Pro』は気になります。Appleのページを見てもMRやVRという単語が一切なくて、「Spatial Computing(空間コンピューティング)」と言い切ったのが非常に良かったと思っていて。

『Apple Vision Pro』

 それは「いままでにこびりついた文脈から縁を切る」みたいなところもあるのかもしれないですが、そもそも僕たちがパソコンやスマホを触ってきたという、コンピューティングの歴史の系譜の先にきちんと『Apple Vision Pro』もあるんだ、ということをAppleの胆力で言ってくれたということに励まされます。さらにそこで「空間をやりましょう」ということを言ってくれたのも個人的には嬉しかったです。

――sabakichiさんが「空間」という言葉の使われ方を気にされていたなかで、きちんと空間に向き合いましょうよ、ということを言ってくれたのに近いような感覚ですか。

sabakichi:そうですね。Appleって、新しい概念を発明しているじゃないですか。たとえば子どものころの自分にiPhoneを見せてどうやって触るのか分かるかと聞いたら、まったくわからないと思うんですよね。

 指で触れてすべてを操作するということや、ピンチとかスワイプとか、新しい概念を世の中に教育している。そういう教育的な動きというのが、Appleの活動の良いところなのかなと思ってますね。

Spatial Computing

 なのでその果てに今回「Spatial Computing」で新しいインターフェースをわかりやすい形で実装していただいてるというのは心強いですし、次のステップを踏んでくれるのかなという期待はあります。

ーーちょうど2月2日に『Vision Pro』が発売を迎えるということで、「空間」の捉え方や記録の伝え方を含め、我々の知覚がどのように変化していくのか……あらためて楽しみですね。本日のお話も踏まえて、より注視していきたいと思います。本日はどうもありがとうございました!

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