冨田ラボが“即興制作”を客前で行う理由 「産みの苦しみを経た喜びを味わってほしい」

冨田ラボが“即興制作”を見せる理由

 10月6日・8日、冨田ラボによるライブ『即興作編曲SHOW ~新曲レコーディング公開ライブ~』がおこなわれた。このイベントは冨田ラボの冨田恵一氏が観客の前で即興で楽曲制作をおこなうというもの。6日にはBillboard Live OSAKA、8日にはBillboard Live YOKOHAMAで各2回、計4回の公演が催され、それぞれの公演で全て異なる楽曲を制作するという。今回は8日に横浜で行われた公演の初回レポートと、後日実現した冨田氏へのインタビューをあわせてお届けしよう。

 イベントの舞台となったのは、Liveレストラン・ビルボード。ゆったりとしたスペースで席に座りながら食事やお酒を楽しみ、大きな舞台を見ることのできる空間だ。この日、16時半からの公演開始に先だち、観客らはゆったりとした時間を楽しんでいた。公演開始時刻になり、照明が落ちると客席後方から冨田氏が壇上に現れた。拍手で迎えられた冨田氏は舞台中央にセッティングされたテーブルの前に座ると一言、「どう考えても時間が足りないのでさっそく始めます」と言葉を発し、早々にイベントが始まった。

 舞台の上手にはキーボードが、下手にはピアノが設置されており、舞台中央、冨田氏の眼前にはAppleのPro Display XDRと『Mac Studio』が置かれている。大きなディスプレイを前にした冨田氏の表情を客席から伺い知ることはできないものの、冨田氏が見ているディスプレイは舞台後方にミラーリングされており、DAW『Logic Pro』が起動していることがわかる。これからおこなわれる録音や打ち込みなど、制作の様子がライブで視聴できるという仕組みだ。

 挨拶も早々に下手のピアノに向かう冨田氏。いくつかのコードを鳴らしながら展開を作っていく様子がうかがえる。ときおりメロディを口ずさみながらピアノを弾く冨田氏は、つづいてMacでリズムトラックの構築を始める。コンガやハイハットを含む明るい音のパーカッションで基礎のリズムパターンを作ると、この音に沿って今度は上手側のキーボードでエレクトリックピアノを演奏し始めた。先ほどのアコースティックなピアノ演奏とはまた違う、リリースの少ない歯切れのいいエレクトリックピアノの音色でフレーズを録音すると、リズムとメロディ、コードをDAW上で確認していく。冨田氏は『Logic Pro』のタイムラインやノート(音符)の表示画面を使わず、音の強弱や発音タイミングの履歴を文字で表示する「イベント」画面で楽曲の構築、編集を進めていく。

 続いては仮歌の収録が始まる。ベースのトラックをループしながら、ハミングで歌を入れていく。メロディを探しながらハミングを繰り返し、良いテイクを繋ぎながら再生を繰り返していく様子を眺めていると、気づけば8小節が完成していた。時間が限られていることもあり、こうして組み上がっていく楽曲を「落ち着いて聴くフェイズ」というものは基本的に存在しない。制作は矢継ぎ早に次のステップへと進んでいく。

 続いて冨田氏が取り掛かったのは、ドラム・パーカッションパートの脚色だ。「イベント」画面には今までに入力してきたすべての発音が記録されており、冨田氏はそれぞれの音の強弱や発音の微妙なタイミングをすべて数値で入力する。複数のイベントを鮮やかな手付きで操作しながらシンバルやタムの複雑な演奏を形作っていく様子は一見地味だ。しかし、連続する数値入力が生演奏のような音の連続へと姿を変えるさまに圧倒される。

 10分以上の時間をかけてドラムパートを組み上げると、振り返ってベースを手に取り、ベースラインの録音に移る。先ほどまでの細かい入力とは一転、さらりとベースを弾いていく。数度のリテイクを経てベースラインが固まると、続いてくわわるのはストリングスだ。ここまで幾度も見せたキーボードによる演奏と数値の調整による応酬が迫力あるフレーズを育てていく。そのフレーズは楽曲の展開に寄り添いながらも、全体に大きなうねりを与え、数分前に聞いていたフレーズに想起させられた景色よりも“さらに遠く”へ連れて行かれるような気持ちになった。

 振り返ればこの楽曲の制作はピアノの即興的な演奏から始まっており、いまやその姿は鮮やかに変貌している。このイベントは事実として「時間」とともに私たちを遠くに連れ出してくれたのだと、公演後に振り返って気がつく。ストリングスとピアノの調整を続ける冨田氏は突然手を止めると、マイクに向かって「お時間になりましたのでおしまいです。本当はここからストリングスがいい感じになるのですが……」とタイムリミットを宣言。「僕はこの曲、いい曲だと思ったので引き続き作って、いずれリリースされることでしょう」と続け、最後にここまでで作られた楽曲を通して再生し、拍手で送られながら舞台を去った。

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